前回は、イップス改善の最初のステップ、「セルフモニタリング」についてのお話でした。
自分に対する自己評価のようなもの「セルフエフィカシー」。イップスに悩んでいる方は、失敗経験を積み重ねることで、このセルフエフィカシーが過剰に低くなっている傾向があり、セルフモニタリングを行うことで、出来ることと出来ないことを整理することが重要だ、という内容でした。
今回は、セルフモニタリング同様、「整理」の一環として、イップスが起きた「背景」を探るポイントをご紹介させて頂きます。
イップスは、捻挫や肉離れなどの、いわゆる「怪我」とは違い、レントゲンやMRIなどの画像検査では判断できないのが現状です。そのため自分自身に起こっていること、そしてその原因を他の方法で探り、整理していく必要があります。医療の世界で当たり前のように行われている「検査で状況を把握し、治療の方針を決める」という流れは、当然イップスにも当てはまります。
私がイップスの相談に訪れた方に、セルフモニタリングと共に必ず行うものが、入念なヒアリングです。これまでのイップス研究で得られた情報から、イップス発症との関連が強いと考えられる質問事項を並べ、「イップスリサーチシート」というものを独自に作成し、利用しています(コラム内に添付)。
いくつかの病院でも、このシートを採用している施設もあるようです。現在イップスに悩まれている方は、実際にリサーチシートに回答し、ご自身のイップスの背景や状況について整理してみることをお勧めします。
またお近くにイップスに悩まれている方がいらっしゃいましたら、ぜひお勧め下さい。なんとなく自覚していることも、改めて口に出したり、紙に書いたりすることで整理され、何をすべきかが、見えてきやすくなります。
これまでの回答の中で、多かったものや傾向をご紹介させて頂きます。(以下、シートより抜粋)
■イップスになった時期から現在まで、症状に変化はありましたか?
「ひたすら反復練習をした」
「メンタルトレーニングなどを行なった」
など、試行錯誤を繰り返すも、症状に変化がなかったと回答される方が多いです。失敗経験を繰り返してしまうことで、「セルフエフィカシー」が低下していく原因にもなります。
■イップスになったと思われるきっかけになった状況をできるだけ詳しく書いて下さい。
「先輩や監督に見られていて緊張していた」
「テスト休み明け、久しぶりのプレーでイップスになってしまっていた」
「一回大きな失敗をして、次のプレーをしようとしたらできなくなっていた」
など、「ちゃんとやらなきゃ」と、必要以上に意識しがちな場面がきっかけになることがほとんどです。
■イップスが起こるとき身体のどこかに、いつもと違う症状がありますか?
ゴルフ、野球、テニスなど、腕を使う競技の方は、リサーチシートの人体図の肘から指先にかけての部分(前腕と言います)のどこかに丸をつけられます。
実はこの回答の傾向は、イップス治療の「肝」になる部分です。私も先月の学会でこの傾向について発表し、また複数の論文でも触れられています。
■イップスが起こりそうなとき、または起きてしまうとき、どんな気持ちや心の状態でいますか?
「何が何だかわからない」
「頭が真っ白になる」
「息苦しい感じ」
など、強い心理的な緊張状態であることが疑われる内容の回答が多いです。
■イップスが起こるとき、特定の状況はありますか?
ほぼ全ての方が「はい」と回答されます。人に見られているときや、緊迫した場面、失敗できない状況が多く挙げられます。
■周囲の人たちに、イップスであることを打ち明けていますか?
「はい」とお答えいただく方は、イップスではないかということを周囲に指摘された場合がほとんどで、非常に多くの方は「いいえ」と答えます。「爪が割れた」「腰が痛い」などの理由を作り、練習に参加しなかったりすることも多く見受けられます。
これはイップスに対する周囲の目が、捻挫や肉離れなどのいわゆる「怪我」とは明らかに違い、本人が「公表しづらい」と認識していることが背景にあります。実は、このイップスに対する世間の「目」が、イップスを蔓延、症状を長引かせてしまう要因の一つとなりますが、そちらについては後日改めてお話させていただきます。
とにもかくにも、「コレコレこうだったからイップスになった」「そのとき自分はこんな状態だった」。しっかりと整理できたら、いよいよ次回からはイップス改善のための実践的なステップです。
著書『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』(大修館書店)