2022.1.20

[vol. 06]

心に残るゴルフの一冊 第6回


『王国のゴルフ』
ゴルフの本質とは何か?本質がわかれば上達も必然となる

マイケル・マーフィー著、山本光伸訳

本書『王国のゴルフ』を私が知ったのは実は20年も前のことだったのかも知れない。その頃、深く関わっていたマガジンハウス『ターザン』編集部のゴルフ好きのKさんからだった。「最高最上のゴルフの指南書」と彼は言っていた。すぐに購入したのだが、眼前の仕事に忙殺され、本棚に陳列されたままになっていた。
「心に残るゴルフ書」を紹介するコラムを執筆するにあたり、彼の言葉を思い出して本棚の奥から取り出し、読むことにした。難しい内容だと勝手に思い込んでいて遠ざかっていたが、いざ読み始めると非常なる面白さに没頭した。この本は確かに上達の指南書ではあるが、ああ振れこう振れと言ったたぐいのことは一切書かれていない。
ゴルフの本質を解き明かそうとしたもので、その本質が理解でき、それに則って精進すれば、読者は単なるゴルフの上達以上の、人生における幸福を手に入れられるかもしれない。ゴルフの世界が変わる、一新されると言ってもよく、超然としたプレーが可能になると言っても過言ではない。まさに驚愕のゴルフ書であった。
ゴルフの楽しみは大きく分けて3つあると言われる。その1つは「やるゴルフ」、2つ目は「見るゴルフ」、3番目が「読むゴルフ」である。欧米のゴルフ好きはベッドサイドにゴルフの愛読書を置き、それを読んで眠りに落ちるのが幸福だという。寝酒ならぬゴルフ本のナイトキャップである。『王国のゴルフ』はまさにナイトキャップであり、私が20年以上も編集してきた読むゴルフ雑誌『書斎のゴルフ』の最高峰にある内容と言ってもよいものだった。なぜもっと早く読まなかったのかと、編集者としてではなく、いちゴルファーとして痛烈に思ったほどである。

物語はスコットランドのとあるゴルフコースで始まる

『王国のゴルフ』はマイケル・マーフィーが1972年に著したものである。アメリカで発刊され、ベストセラーになり、すでに50年が経っている。物語はマーフィーが1956年6月、スタンフォード大学の学生時代中にスコットランドを訪れ、ゴルフを習ったことに始まる。
物語の舞台となるゴルフコースは、フォース湾とテイ湾との間にある半島の北西海岸沿いのリンクスであるバーニングブッシュゴルフ場。とはいえ、このコー名はどこを探してもない。この半島のリンクスと言えばセントアンドリュースが有名だが、この本のマニアによれば半島にある8コースから有名ホールを抜粋しているという。
マーフィーがそのコースで習ったプロはシーヴァス・アイアンズ。本書では全英アマで大活躍したことになっているが、これも仮名だろう。奇才且つ超人的なプレーと思考によって、世界中にファンができ、「シーヴァス・アイアンズ・ソサエティ」なるクラブまで実在している。日本からでもメンバーになれ、洒落たタッグがもらえ、イベントにも参加できる。詳しくはhttp://www.shivas.org/をご覧いただきたい。
物語の舞台となるコースや教えを受けるプロも仮名だけにフィクションではないかと思えるが、物語や著作までの時間経過などが納得できるだけに、ノンフィクションだと信じて読むほうが面白いかも知れない。実際、マーフィーのような経験が出来たらさぞかし面白いと、私だけでなく読者も思うに違いない。
とにもかくにも、スタンフォードの学生であったマーフィーがスコットランドの茫漠たるヒースの砂丘やハリエニシダの灌木が生い茂る荒野のようなゴルフ場、バーニングブッシュで繰り広げられたシーヴァスとのラウンドと、その後のゴルフ談義や深夜のレッスンなど、生涯忘れられない強烈な僅か丸一日の出来事とその考察が、この『王国ゴルフ』一冊に収められているのである。

シーヴァス・アイランドとのラウンドと彼からの訓戒

荒野のようなバーニングブッシュを回るにはガイド役となるプロが一緒だとありがたいとマーフィーは考え、偶然、練習場にいたシーヴァスと生徒のバーリー・マッキーバーと3人でプレーすることになる。
シーヴァスは身長185cmほどの赤毛で青い目をした反っ歯をむき出して笑う頑健なスコットランド人。ユーカリと焼けたパンの体臭のする男だった。
スタートホールでいきなりシーヴァスは奇妙なアドレスの入り方を行った。片足で立ってから構える。全神経をボールに集中し、エネルギーがポンプアップされてからゆったりとバックスイング。インパクトのパワーは甚大で、彼が「プレークラブ」と呼ぶウッドのドライバーで楽に280ヤードを越えるナイスショットを放った。打球が飛翔している間、「ボールは地上に落ちてこなくなるかもしれないな」と言って微笑んだのだ。
シーヴァスはセカンドショットも優美で力強く、ピンから1mにつけて難なくバーディを奪う。マーフィーは衝撃を受けるどころか、シーヴァスのスイングとショット、さらに威風堂々の態度に畏敬の念を抱き、思わずレッスンを申し込んでしまうのである。
18ホールを周りながらシーヴァスがマーフィに語ったことはシンプルなことだった。例えば、打つ前には、「ボールとクラブヘッドのスイートスポットは一体だと思え」と言った。これは打つ前のボールへの精神集中の教えだ。シーヴァスはボールの中心点まで視線を届かせ、クラブとボールを一体化させていた。
さらに「打球の弾道のイメージができたら、無心にクラブを振る」とボールの飛翔のイメージが湧くように目を瞑ることも教える。「悪いイメージが湧いたときは追い払わずに消えるのを待つ」と待つことの重大性も説いていく。
悲惨なショットが続き、ゴルフが壊れそうになったときには次のようなことを言った。「ショットやスコアに取り憑かれたらいけない。ヒースの匂いを嗅ぎ、無心にクラブを振ることだ」。これはかのウォルター・ヘーゲンも言っていることだが、マーフィーはコースの情景を楽しむこと、ラベンダーの紫の花やハリエニシダの黄色い花を見た。そうこうするうちに気持ちがやわらぎ、プレーに落ち着きが出て、ショットがみるみる良くなっていったのだ。
シーヴァスはスイングのことは一切言わない。ショットの度に、「何が見えたか?」「何を感じたか?」と聞くばかりだった。

深夜の峡谷でマーフィーが体験した「内なる肉体」の感覚

シーヴァス・アイランドには師匠がいた。シェイマス・マクダフという科学者で、ゴルフにおける「真の重力」の研究をしている風変わりな人物。マクダフはバーニングブッシュの悪魔が潜むと言われる13番パー3脇の谷底に住んでいるという。
このホールは強い風が吹き、その証拠に2本の高い糸杉はゴッホの絵のように捻られている。しかもティグラウンドとグリーンの間はハリエニシダのブッシュで「悪魔の敷物」と呼ばれ、死体が埋められているとも。何とも不吉なホールで大叩きは否めない。
マーフィがシーヴァスとこのホールに来たとき、シーヴァスは悪魔が出現しないように絶叫する。ゴルフプレーでは許されないような行為も、功を奏してマーフィーもグリーンをとらえたが、実はこのとき、みすぼらしい恰好をした人物を見かけた気がしていた。
ラウンド後の友人たちとのゴルフ談義を終えた深夜、シーヴァスは突然、マーフィーをマクダフに会わせると言って、向かった先はバーニングブッシュ。車を降りてコースを歩き、やがて谷を下るとそこがマクダフの住処である洞窟、13番ホール脇の谷底だった。しかし彼はあいにくおらず、シーヴァスは住処から醜い棍棒を持ち出してくる。
実はこれはマクダフが研究用に使っている3番ウッド。彼が所有する本物のフェザリーボールまで持ち出し、シーヴァスがそれらを用い、突然、岩壁に描かれた的に向かってショットを放ち出す。
漆黒の闇に焚き火の仄かな灯り。暗がりの中、全身で今いる状況を感じ、的を感じ、自分の体を感じ、集中してスイング。シーヴァスは20球以上のボールをすべて的に当てていく。その場のエネルギーを吸い取ったようにマーフィは感じた。
続いてマーフィーが同じようにショットする。そのとき言ったシーヴァスの言葉は「内なる肉体の感覚に集中するのだ」。「内なる肉体」を感じられれば、自然のエネルギーを自分の肉体に取り込め、肉体の内側からパワーを爆発させてショットを打つことができる。しかも鋭敏な感覚は見えない的のイメージが鮮明になり、正確なショットが打てるのである。
それは宇宙の奥深い力を使ってショットを放つことであり、それこそが「真の重力」だということだった。

忘れられない霊妙な体験を、シーヴァスのノートと共に振り返る。

この深夜の霊的なレッスンの後、明け方にシーヴァスの部屋で彼が研究したノートを見せてもらう。「内なる肉体」とは何か?「真の重力とは何か?」そして、「ゴルフの本質とは何か?」。シーヴァスが問い続けてきたそれらのことをマーフィーは書き写した。
シーヴァスのノートに書かれていたことが頭から離れない。マーフィーはそれらを基に自分が関わったインド哲学なども含めて研究、14年後に再び、アメリカからスコットランドのバーニングブッシュを訪れる。しかし、シーヴァスはこの地を旅立っており、マクダフは天に召され、ゴルフ談義をした人たちも海外に移住していた。
こうして仕方なく、マーフィーは1954年の体験とシーヴァスより受けた訓戒、彼のノートからのメモと自分の考察により、この『王国のゴルフ』を上梓したというわけなのである。

私が書いた今回のこの本の紹介文を読んで、皆さんはどのように感じたであろうか。ゴルフ好きの人なら、また上達を真剣に求めている人なら、『王国のゴルフ』を読んで見たいと思うのではなかろうか。
私はシーヴァスが「内なる心」ではなく、「内なる肉体」と語っているところに興味を覚えたと共に、ゴルフ上達への鍵、神秘があるように思えてならない。
ちなみに『王国のゴルフ』は映画にもなっている。DVDはアマゾンでも購入できる。タイトルは本の原題と一緒の『GOLF IN THE KINGDOM』。英語ヴァージョンしかない。また、この映画のPR動画もあるので参考にして欲しい。
(PR動画 https://www.youtube.com/watch?v=wPvt9uDfGxs

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)

※この本は2003年10月発刊(春秋社)のため、アマゾンなどの中古本で購入できます。