2022.7.27

[vol. 052]

70年目のゴルフに思うこと


旅するひと = 神津 善行こうづ よしゆき

1932年生まれ。作曲家。300曲以上に上る映画音楽を中心に歌謡曲、吹奏楽曲、テレビ番組のテーマ曲などを多数手がける。近年は自身のプロデュースによるコンサートを開催するほか、早稲田大学理工学部と共同で植物と音との関係を研究、講師も務めている。妻は女優の中村メイコ、長女は作家の神津カンナ、次女は女優の神津はづき、長男はスペインで活躍中の画家・神津善之介さん。ゴルフ歴70年、ハーフベスト37。

旧ユーゴの絶景コース

王族や貴族の保養地として歴史を刻んできたスロヴェニアの小さな町、Bled(ブレッド)。古城が見下ろす氷河湖、ブレッド湖の近くに1937年開場のゴルフ場がある。

20歳でゴルフを始めて70年。これまで数えきれないほどのコースをまわってきました。なかでも美しさで際立っていたのが現在のスロヴェニア(旧ユーゴスラビア)にあるロイヤルブレッドというゴルフ場です。かつてユーゴスラビア文化交流協会の会長を務めていたことがあり、そのご縁でラウンドする機会に恵まれました。

今でこそスロヴェニアには10か所以上のゴルフ場がありますが、1937年の開場からおよそ半世紀ものあいだ、国内のゴルフ場といえばこのロイヤルブレッドだけでした。
首都リュブリャナから約50 km。『アルプスの瞳』と称されるブレッド湖で有名な町にあり、中央ヨーロッパで最も古く、最も美しいゴルフコースとも言われています。王族も夏を過ごしていた由緒正しい場所ですが、私が行った頃は外交官の憩いの場になっているようでした。

ロイヤルブレッドにて。左下はドライビングレンジ。右下は古い街並みが残るスロヴェニアの首都リュブリャナ。

何より心奪われるのはその眺望です。西はイタリア、北はオーストリアと国境を接しており、雪を頂くジュリアン・アルプスに向かって打って行く爽快なゴルフを楽しめます。最近ではスロヴェニアで唯一、ヨーロッパのトップ25コースにも選ばれたそうです。

通常はセルフでまわりますが、ここは初めてで1人でまわることを告げると、コース管理をしているという見るからに人の好さそうな男性がキャディ役を買って出てくれました。
スタートホールに向かうと他に客はおらず、美しいコースを貸し切り状態です。気分よくティショットを打つと、にわかキャディ氏が「あなた、プロですか?」と言ってきました。どれだけ人が来ないのか、本当に上手な人を見たことがないのかと思いましたね(笑)。

プレーを終え、こちらもまた美しく伝統的なクラブハウスに戻ると、コースとは打って変わって中は大賑わいでした。食事を楽しむためにやって来た地元の皆さんだそうで、結婚式もよく行われると聞きました。

砧と仙石

東京都砧ゴルフ場のクラブハウス、1955年の竣工式当日の様子。現在はこの辺りに世田谷美術館が建っている。

若い方はご存知ないかもしれませんが、東京世田谷の砧公園にはかつてゴルフコースがありました。1955年から66年まで営業していた9ホールの東京都砧ゴルフ場です。パー5が2つある本格的な林間コースで、ヘッドプロは中村寅吉さん。とても人気のあるゴルフ場でした。

私は長く映画音楽を作曲していた関係で、毎日のように砧ゴルフ場に通いました。仕事の打ち合わせをゴルフ場の食堂でするのです。砧の撮影所に近く、ついでにゴルフもできる。お昼以外はガラガラのクラブハウスが映画関係者のたまり場になるのは当然の成り行きでした。
ある時、黒澤(明)さんが5番アイアンを1本だけ買い、「このヘッドがなくなったら俺はコースに出る」と宣言したことがありました。ヘッドの付け根が破損して取れてしまうくらいに練習を積んでくると言うのです。その後、黒澤さんは本当に5番アイアンを1本使い潰してコースデビューを果たしました。見事に40台でまわってきたそうです。

当時の砧には朝、ハウス前に車を停めると「おはようございます!」と元気な声でキャディバッグを受け取ってくれる若い女性がいました。きびきびと実によく働いていたその人こそ、中村寅吉プロの愛弟子で、のちに女子プロ1期生となる樋口久子さんでした。

左=砧ゴルフ場全景(1955年撮影)。右=現在の砧公園。林間コースだったことがよくわかる景色が残っている。

当時はゴルフ場がまだ少なくて、砧の他にプレーできるところといったら箱根の仙石ゴルフコースくらい。一時は週1回ペースで通っていました。
神戸、雲仙、東京に次ぐ歴史があり、フェアウェイやグリーンに手造りの複雑なアンジュレーションが残って、何度プレーしても飽きません。

そして箱根は1957年に新婚旅行で訪れた思い出の場所でもあります。都内で結婚式を終えて富士屋ホテルに滞在、その後、北海道に向かいました。
僕も観戦に行きましたが、霞ヶ関カンツリー倶楽部で行われたカナダカップで中村寅吉・小野光一の日本チームが優勝するのはその秋のこと。もうすぐ日本にゴルフブームが起ころうとしていた頃の話です。

左上=1950年頃の富士屋ホテル。右上=富士屋ホテル 仙石ゴルフコース。左下=数々のVIPも滞在した富士屋ホテル本館のヒストリックジュニアスイート。右下=レストラン・カスケードのクラシックランチ(一部)。『虹鱒富士屋風』などホテル伝統の味を存分に味わえる。

北海道での出来事

北見市、佐呂間町、湧別町にまたがる国内最大の汽水湖、サロマ湖。砂州でオホーツク海と隔てられ、帆立や牡蠣の養殖が盛んに行われている。

テレビ番組の収録で北海道の北見に滞在した時のことです。宿の近くに北見カントリーというゴルフ場があると聞き、電話してみると「空いてますからいつでもどうぞ」という返事。同行していた作曲家の市川昭介さんと早速行ってみると、従業員の方が開口一番、「お昼、何にしますか?」と訊いてくるんです。「何があるんですか?」と質問を返すと、「何でもいいです」と言います。

面食らいましたが、ならばと冗談半分で「じゃあ、刺身がいいかな」と言ってみると、その従業員さんは『お刺身』とメモしている。なんと、「これから市内にいるキャディさんが出勤するので、電話をして買ってきてもらいます」と言うんです。なるほどこれなら何でもいいですし、第一ムダがありません。

晴れて我々は、抜群に美味しいお刺身定食にありつくことができました。客は他に見当たらず、ラウンドに付いてくれたキャディさん、買い物をしてきてくれたキャディさんもお昼休みです。お弁当を持参しているというので「こっちで一緒に食べよう」と誘うと、彼女達はちょっとはにかみながらやって来ました。

同じテーブルを囲んで親しく話をし、食事も文句なし。あれほど素敵な昼休憩は後にも先にもありません。昔の話で今はもちろんやっていませんが、でもあんな風に人情味のあるゴルフ場が今の時代にもあったらいいなと思います。

上段=北見カントリークラブのハウスとレストランのテラスから見たコース。下段=サロマ湖の特産品、帆立と佐呂間町の様子。

僕のゴルフの師匠、杉原輝雄さんと出会ったのも北海道でした。男子ツアーの全日空オープン(現・ANAオープン)がスタートする時のことです。僕も世話役を頼まれ、大会を盛り上げる手伝いをすることになりました。
当時は冠大会がまだ珍しかった時代。札幌の全日空ホテルで前夜祭が開かれたのですが、そこで事件が起こります。最初の挨拶がひと通り終わるや否や、プロがほぼ全員、その場からいなくなってしまったのです。慣れないパーティから逃げ出して、夜のススキノに繰り出したようでした。

出席者も関係者もただ唖然とするばかりでしたが、その時、ただひとり残って事態の収拾に奔走したのが杉原輝雄さんでした。ゲストやスタッフのところへ謝罪にまわり、トークで場を和ませて、最悪の状況になるのをなんとか阻止してくれたのです。
杉原さんは僕に言いました。「ゴルフの大会は今後、スポンサーが付かなければできない時代になる。選手は最後まできちんと振る舞うべきでした」と。

大変な一夜ではありましたが、以来、杉原さんと僕はとても仲良くなりました。「1週間でも2週間でもいいから大阪に来るといい。あんたをシングルにするよ」と言われ、僕は弟子入りを果たしたのです。
杉原さんがよく言っていたのは「ゴルフは百人百様」でした。「プロを真似るのではなく、自分の体で打つにはどうしたらいいかを考えることが重要で、その上で欠点を見つけ、アドバイスするのがプロの役目なんです」。この言葉は今も深く心に残っています。

こう打たなきゃいけないということはないし、こう打てば必ずうまくいくということもない。僕も本当にそう思います。まわりにいる人達を見ても、理論にとらわれず、もっとおおらかに考えたほうがいいのにと感じることがよくあります。
ゴルフコースも生き物ですから、いつも同じ理屈が通るわけがありません。その時々の出会いを楽しんで、自分の頭で考え、自分の体でいろいろ試しながらコースと向き合っていく。すると、そのほうがかえっていい結果が出たりする。だから70年やってもゴルフは面白いんですよ。

上段=師匠の杉原さん、ゴルフ仲間の小林研一郎さん、日野皓正さんと。下段=神津善行プロデュースコンサートの様子。府中の森芸術劇場など4か所で開催している。

ちょっと寄り道
箱根仙石原~宮ノ下
  • 渡邊ベーカリー
    宮ノ下に明治24年創業。箱根の湧水を使った焼きたてパンを販売している。名物はフランスパンの器に熱々のビーフシチューを入れた温泉シチューパン。
  • 相原精肉店
    地元はもとより遠方からも客足が絶えない仙石原の老舗精肉店。名物の手作りローストビーフやハムは地方配送も行っている。
  • 長安寺
    1356年創建。四季折々に咲く花々など景観の美しさで知られ、特に秋の紅葉は有名。境内の五百羅漢や現代彫刻家による作品も見どころのひとつ。
  • 箱根 松月堂菓子舗
    仙石原随一の老舗和菓子店。最中『季節の音』は香ばしい皮にすっきりとした甘さの餡がたっぷり。ゴルフ帰りの土産にも重宝されている。
  • アネスト岩田スカイラウンジ
    標高1015mから芦ノ湖や富士山の絶景を望む大観山のレストハウス。ターンパイク(有料道路)で帰りも小田原方面に早く出られる。
  • cu-mo箱根
    無料で立ち寄り可能なロープウェイ早雲山駅内の施設(駐車場あり)。箱根の山々を見渡すテラスや温泉を利用した足湯、ショップなどがある。
Find Information
Royal Bled(ロイヤルブレッド)
開場/1937年
18H 7275Y P72(キングスコース)
アルプスの絶景が広がるスロヴェニア最古のゴルフ場。キングスコースは2年間かけて改造を行い、2017年に再オープン。レイクスコース(9H 3332Y)、ホテルを併設している。
富士屋ホテル 仙石ゴルフコース
開場/1917年 設計/F.E.コルチェスター
18H 6651Y P72
開場105年を迎える国内屈指のパブリックコース。かつて宮ノ下御用邸(現・富士屋ホテル 旧御用邸 菊華荘)に避暑中の東宮殿下(後の昭和天皇)が毎週のように行啓されたという歴史も残る。
富士屋ホテル
1878年創業。2020年、約2年間にわたる大規模改修を終えた。約7600坪の敷地に4つの宿泊棟や食堂棟などが点在し、その多くが登録有形文化財、近代化産業遺産に指定されている。
北見カントリークラブ
開場/1966年 設計/丸毛信勝
18H 6530Y P72
阿寒、知床、大雪山を望む丘陵コース。変化に富んだレイアウトで、17番パー4(写真)はすり鉢状の谷を越え、セカンドが急勾配の打ち上げとなる名物ホール(379~250Y HDCP2)。
おかわりきたみ
北見の食&観光情報を紹介。北海道北見市の公式サイト。
箱根全山
基本情報からお役立ち情報まで充実。箱根町観光協会の公式サイト。
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