2017.9.7

[Part. 2]

イップスを知る


イップスは1930年代に活躍したゴルファーであるトミーアーマーによって名付けられました。実は90年近い、古い歴史を持った症状なのです。にもかかわらず、未だ、どこに、誰に相談するべきなのかということすら明確ではありません。
なぜこれほどまでにイップスには「謎」が多いのでしょうか?

イップスは「正体」を見せない?
捻挫や肉離れなどのアクシデントには、病院などの頼るべき場所があるのに、イップスは「インターネット」が大きな情報源・・・。書籍も、私が今年の2月に出版させて頂いたものを含め、数冊しか見当たりません。長きに渡り多くの人を悩ませてきたイップスは、なぜか極めて情報が少ない。
まず大きな要因の一つとして、
「イップスは画像検査で異常が見られない」
ということが挙げられるでしょう。捻挫や肉離れのように、レントゲンやMRI検査などでは正体を見せない。一筋縄ではいかないのです。
これは医療関係者や研究者にとって非常に厄介で、イップスに関する研究が遅れ、情報が少ない現状の大きな要因の一つであると考えられます。

しかし、どんなに研究が遅れていようとも、確実に様々なスポーツの現場には着々とイップスが増えています。実際にイップスに悩んだ経験のある人、それを目の当たりにした人は、まだまだ明らかになっていないイップスの「正体不明さ」に恐怖すら感じてしまいます。
何ごとも「難敵」に立ち向かうには、「相手」を正しく知ることは欠かせません。

「メンタルが弱い」?「技術が足りない」?
現場の指導者さんや選手とイップスについてお話させて頂くと、必ずと言って良いほど出てくるキーワードが2つあります。
「イップスになるやつはメンタルが弱い」
「結局はイップスって技術的な問題」
この2つの「周りの目」。これがイップスから抜け出そうとする選手たちの大きな壁になっているのです。しかし、これまでイップスを現場で研究してきた経験から、この2つは「誤り」だということは断言します。

メンタルの弱い強いということ自体、線引きが難しいですが、あえて基準を設けるのであれば「どんな場面でもいつも通りのプレーができるかどうか」や「大舞台に強いか弱いか」でしょうか。

ある実例を挙げます。

野球で甲子園を経験し、日本代表経験もある選手。大学に進学し、1年次から試合に出場し、結果も残してきました。しかし大学4年次、試合中に味方にボールを投げようとした際に、突如イップスになってしまいました。その後も、練習では問題なく投げられますが、試合になるとイップス症状が出てしまいます。
果たしてこの選手は、メンタルが弱いのでしょうか?技術的に問題があるのでしょうか?答えはNOです。それまで何度も大舞台で結果し続けてきて、技術的な問題も見当たりません。イップスは、メンタルの強い弱い、技術の高い低いではなく、「きっかけ」により、誰にでも起こりうるものなのです。特別な人が特別な状況で、発症するものではないのです。

イップスの症状とは?
「色々なトコロから、色々な情報が入ってきて、ゴチャゴチャになってしまっている」そんな方も少なくないと思いますので、まずはイップスを簡潔に定義します。

「イップスとは、何も考えずに出来ていた動作が出来なくなってしまうこと」

イップスは、この「何も考えずに出来ていた動作」に起こります。実は私たちの日常生活は、何も考えずにできる動作で溢れています。「歯を磨く、顔を洗う・・・」これらの動作を行う際に、「肘をこの角度に曲げて、歯ブラシをこれくらいまで上げて・・・」や「顔を洗うには両手の小指を合わせたら水をすくって、素早く動かして・・・」などと考えている方はいないでしょう。この「最初は誰かに教えてもらい、繰り返し行うことで獲得した動作」これは、ゴルファーにとってのスイング、野球選手にとっての投球動作に該当します。少し専門的な言葉を使うと、「自動化した動作」と言います。イップスが比較的熟練者に多いのは、競技を一定期間行い「自動化した動作」を獲得しているからである考えることができるでしょう。

それでは、次回からは、この「自動化した動作」が、どんなきっかけでイップスになってしまうのか、より詳しく考えていきましょう。

1982年群馬県生まれ。2007年早稲田大学スポーツ科学部卒業。現在、ハバナトレーナーズルーム恵比寿・代表。鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、日本トレーニング指導者協会公認トレーニング指導者(JATI-ATI)トレーナーとして、数多くのアスリートのトレーニング、コンディショニングをサポートする他、アスリートのフィジカルコンプレックスをなくすことを目指し、キューバスポーツ研究、イップス研究を行っている。また、柔道グランドスラム・キューバ代表サポート(2011年~)、ワールドベースボールクラシック2013・キューバ代表サポートなどの活動を行っている。
著書『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』(大修館書店)