2018.2.8

[Season.1-12]

「とあるゴルファーのイップス改善例(症状改善のための各手法)」


前回のコラムでは、イップス改善の一例として、イップスにリアルタイムで悩まれている方に対して、改善への取り組みをご紹介させて頂きました。前回は前半戦、「状態を知る」ということで、ご記入いただいたカウンセリングシートやセルフモニタリングシートを整理するところまでをご紹介いたしました。

今回は、実際に改善するためのエクササイズを、どのような考え方で取り入れていくのかをご紹介させて頂きたいと思います。

まず、記入していただいたモニタリングシートの中で、特徴的な内容がOさんの「できる」ことにあります。

「素振りはできる」
「練習場で大きい対象へのショット」
「ゴルフ場での緊張しない相手との緊迫しない場面でのショット」

つまり、スイングの動作自体はできるし、緊張しない場面では、ショットも行えているということです。

もしOさんは、素振りすら思った通りにできないとしたら、素振りなどを行い、イップスによって奪われてしまった動作の再学習を行う必要があります。

しかし、Oさんの場合は、素振りもできて、緊迫していなければショットもできるため、「素振り」は、緊迫する場面で起こるイップスに対するエクササイズとしてはふさわしくありません。

このケースでは、緊迫した状況で「安心」できる何かを作ることが最も必要とされます。

そのための例として2つほど今回のケースではご紹介させて頂きました。

■ルーティーンを作る

ルーティーンについては、過去のコラムでもご紹介させて頂きましたが、イップスが起こる時の特徴として挙げられる「特定の動作を過剰に意識した状態」に対する対処になります。

今回のOさんのケースでは、短時間であったため、じっくりとルーティーンを決めることはできませんでしたが、Oさんのように特定の場面のみでイップスが起こるパターンの方には、練習の一環として、ぜひルーティーンをおすすめします。ゴルフのイップスの場合は、ほぼ全てのケースで「インパクト」の瞬間を過剰に意識しているわけですから、その瞬間をルーティーンいう一連の流れに組み込むことで、インパクトへの過剰な意識を逸らす効果が期待できます。「いいショットを打つぞ、ミスをしないぞ」ではなく、「粛々と決まったルーティーンを行うだけだ」の方が、Oさんのように緊迫した場面でイップスを起こしやすい方には、良い結果が出ることが多いと思います。

そして二つ目ですが、

■緊迫した場面で太いグリップで打つ

というものです。

この日は、ネットで囲まれた練習室でのショットでしたが、Oさんの上司の方に「◯◯ヤードくらいのショットを打て」という指示の下、私含め、数名のギャラリーの中で、打って頂きました。

太いグリップは写真のように、今回はタオルでぐるぐる巻きにて、バンドで縛り付けて作りました。もちろん太さの「規定」のようなものはありませんので、工夫して身近にあるもので作って見てください。

Oさんは、最初こそ、「タオルが外れないか」など、(質感や作りの問題もあるかもしれません・・・)太いグリップに打ちづらいという感想をお持ちでしたが、徐々に慣れると、「太い方が打ちやすい」という感覚になってきたようです。緊迫した状況で、「打てる」という経験を繰り返すことは、イップスの改善に効果的であると考えられます。

また、実際に緊迫した場面に置かれて、「イップスが起こるかもな・・・」という不安が高まったまさにその時に、おすすめの対策としてOさんに紹介させて頂いたのは、

クラブを上下逆向きにして細い部分を握り何度かスイングをした後でショットの直前に通常のクラブを握る

というものです。相対的にショットの際に、通常のグリップを「太い」と錯覚することで、「振りやすい」という安心感が高まる方も少なくありません。

時間も限られた中でのOさんとの取り組みでしたが、印象的だったのか「なるほど」や「確かに」とおっしゃる機会が多かったことです。

やはりイップスで悩まれている方は、まず「理解すること」が重要だと痛感しました。「これが原因で、こうなっている、だからこうすれば治る」が見えたら、見通しがつきます。もちろんその3つのステップの中で、最も難関なのが最後の「こうすれば治る」の部分です。

Oさんには、是非辛抱強く、色々と試して頂きながら、イップスの克服に引き続き取り組んでいただきたいと思います。

最後に、最近では、野球界でも取り上げられることが多くなりました。野球でも、ゴルフでも同じことが言えますが、スポーツを楽しむ上で、「イップスの理解は不可欠である」ということです。「いつでも、誰にでも起こりうる。でも治療法は確立されていない。」こんなに怖いものはありません。私も、スポーツに関わる仕事をしている一人として、また現役時代にイップスを克服することができずに悔しい思いをした一人として、今後もより多くの医療関係者や研究者と情報を共有しながら、イップスの解明を目指していきたいと思います。

1982年群馬県生まれ。2007年早稲田大学スポーツ科学部卒業。現在、ハバナトレーナーズルーム恵比寿・代表。鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、日本トレーニング指導者協会公認トレーニング指導者(JATI-ATI)トレーナーとして、数多くのアスリートのトレーニング、コンディショニングをサポートする他、アスリートのフィジカルコンプレックスをなくすことを目指し、キューバスポーツ研究、イップス研究を行っている。また、柔道グランドスラム・キューバ代表サポート(2011年~)、ワールドベースボールクラシック2013・キューバ代表サポートなどの活動を行っている。
著書『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』(大修館書店)