2018.4.9

[Season.2-1]

Golf’s Prudence Season2開始にあたり


お久しぶりです。昨年夏より、およそ半年間に渡り、イップスコラムを書かせて頂いておりました、ハバナトレーナーズルームの石原です。戻ってまいりました。大変光栄なことに、再びこちらでコラムを書かせて頂くことになりましたので、引き続きよろしくお願いいたします!テーマは、もちろん「イップス」です。

さて、今回から始めさせて頂く、いわゆる「シーズン2」でございますが、より実践的な内容を予定しております。「シーズン1」では、イップスの原因や症状だと考えられている内容を中心にお話させて頂きましたが、その概要を踏まえて、イップス治療の現場では、実際にどんな改善への取り組みがされているのか、またその模様をお話させて頂きたいと考えています。

ところで、皆さま、今年2月に開催されていた平昌冬季オリンピックはご覧になられましたか?フィギュアスケートを始め、スピードスケート、スノーボードにカーリングなど、連日日本人選手が大活躍して、たくさんの感動を私たちに届けてくれましたね。メダルの数も、史上最多だったようで、2年後の東京オリンピックに向けて弾みのつく素晴らしい大会になったと思います。私も、大会期間中は、テレビに釘付けになっていました。しかし、選手たちのパフォーマンスに魅了されながら「観戦」しつつも、やはり職業柄、「この競技でイップスは起こる可能性はあるかな?」「この競技でイップスが起こるとしたらこの場面かな」という目で「観察」してしまっておりました。(笑)

「イップス」と聞いて、思い浮かぶ競技は何でしょうか?「ゴルフ」「野球」「テニス」などでしょうか。冬のスポーツでのイップス、あまりイメージが湧きませんよね。しかし、一年前、私が運営させて頂いている治療院「ハバナトレーナーズルーム」に、一人の大学生選手が来院してくれました。事前に電話予約をしてくれていたのですが、その際は、「友人に勧められ、石原さんの本を読ませて頂きまして、まさしく自分のことだと思いました、カウンセリングをお願いします。」というお話だけお聞きしていただけで、私は「野球の選手かな」と勝手に思っていました。しかし、当日、その選手に競技を尋ねると「スピードスケートです」と話してくれました。しかも、高校時代には全国大会に出場するレベルのトップ選手だったようです。

当時は野球、ゴルフを中心に研究や治療に携わっており、徐々にテニスの選手の相談も増えてきたな、というくらいで、「スピードスケート」には、正直驚き、少なからず困惑しました。しかし、本を読んでくれた上で、「まさしく自分のことだ」という感想を抱いてくれていましたので、手探りではありましたが、カウンセリングを始めさせて頂くことにしました。

その選手の話によると、

  1. コーナーを曲がる時に、本来は内側の脚が外側の脚に交差するようになるのだがどうしても体が動かない
  2. 具体的には内側の脚を外側に移動させることができずに転倒に備えるかのように、内側の靴の刃を氷面すれすれの場所に立ててしまう
  3. 違和感を感じる体の部位は内側の脚の太ももの付け根あたり
  4. 以前にコーナーで転倒してしまったことをきっかけにその動きが出始めた

まとめると
「元々できていた何も考えずにできていた動きができなくなってしまった。」

言い換えると
「自動化した動作の遂行障害」

イップスの定義と一致しているのです。しかも、転倒というきっかけも、イップスの発生の一つの条件である「失敗経験」に当てはまります。スピードスケート選手の治療は初めての経験でしたが、定義が一致した以上、私も「逃げる」わけにはいきません。選手に、私自身、スピードスケートの選手へのイップスのアプローチは経験がないことや、手探りの提案になってしまうことなどを丁寧に説明し、その場で改善のためのエクササイズを考案し、なぜそのエクササイズなのかの理由も話をしたところ、良いイメージがあったようで、その後動画のやり取りでの指導が始まりました。定期的に連絡をいただいておりますが、数ヶ月で症状が徐々に回復し、内側の脚の本来出るはずのない動きは完全には解消されていないようですが、スケートを滑ることへの気持ちがかなり改善されたようです。最近自己ベストが出たという報告も頂き、その選手の競技生活の何かしらのきっかけにはなれたようで、大変嬉しく思っています。

しかし、そもそも「この選手の症状が果たしてイップスだったのか」という疑問は晴れません。今のところ妥当であると考えられている「自動化した動作の遂行障害」というイップスの定義も、まだまだイップスを包括しきれていない部分が多々あるように考えるきっかけになりました。定義が不完全だから、「あなたはイップスです」とも「あなたはイップスではありません」とも断言できない、これがイップスの現実です。道のりは長そうですが、真摯に取り組んでいきたいと思っています。

と、そんなことを考えながら日本のメダルラッシュにガッツポーズをしていた私の平昌オリンピック。次はいよいよ2年後の、東京!それまでにイップス研究をどこまで進めることができるか。引き続き、お付き合い頂けたら幸いです!

1982年群馬県生まれ。2007年早稲田大学スポーツ科学部卒業。現在、ハバナトレーナーズルーム恵比寿・代表。鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、日本トレーニング指導者協会公認トレーニング指導者(JATI-ATI)トレーナーとして、数多くのアスリートのトレーニング、コンディショニングをサポートする他、アスリートのフィジカルコンプレックスをなくすことを目指し、キューバスポーツ研究、イップス研究を行っている。また、柔道グランドスラム・キューバ代表サポート(2011年~)、ワールドベースボールクラシック2013・キューバ代表サポートなどの活動を行っている。
著書『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』(大修館書店)