2018.4.23

[Season.2-2]

日常生活の中のイップス


プロ野球、ゴルフのシーズンも本格的に開幕と、本当にスポーツ好きには堪らない季節ですね。

そして、春の選抜高校野球では、大阪桐蔭が春連覇という快挙を成し遂げました。しかし今回は、そんなスポーツの中のイップスではなく、「日常生活の中のイップス」についてお話しさせて頂けたらと思います。

高校野球は、「春の王者」が決定したこの時期から、各高校の野球部には新入部員が入部し始めます。一昔前から比べたら、先輩後輩の上下関係は厳しくなくなったようではありますが、それでもやはり、新入生にとって先輩は頼もしい存在でありながら、どこか目の前にすると「ピンッと背筋の伸びる」存在でもあります。中学校時代に全国大会に出場した経験のある選手などは、入学してすぐのこの時期から、早くも上級生に混ざって練習や試合に参加する機会も多いものです。そんな光景が見られるこの時期、「イップス」が急増することは、実は有名な話です。

「先輩とキャッチボールをして一回ミスしてしまって、慎重になりすぎて、それからどう体を動かしていたのかわからなくなってしまった。」
「ミスをしたらチームの雰囲気が悪くなってしまうのが申し訳なくて、体が動かせなくなってしまった。」

イップス発生の現場でよくある声です。

今このコラムを読んでくださっている皆様の中には、会社員の方もいらっしゃると思いますので、お伺いさせて頂きます。

上のカッコ内の「先輩」を「上司や取引先」へ、「チーム」を「コンペ」に変えたら、思い当たる節、ありませんか??

そうなのです。人間関係が一新するのはスポーツや学校だけの話ではなく、ビジネスの世界でも同じことで、コンペを始めとした「仕事の一環」としてのゴルフを控える社会人も、決して「人ごと」ではないのです。

そしてさらに、ゴルフだけでなく、日常におけるイップスでも、興味深い話があります。

私の治療院にイップスのカウンセリングを受けに来てくれた大学野球の野球選手の話です。彼は、ピッチャーで、高校時代にイップスになってしまい、自分なりに工夫をしたようですが、結局症状が改善せず、部活動を辞めてしまいました。

野球を完全に辞めてしまおうと思ったようですが、大学進学をきっかけに、「イップスを治して、もう一度野球がやりたい」と決意し、私の書籍を読んでくれた上で、相談に来てくれました。約4年間続いた彼のイップスの症状は、約3ヶ月で改善しましたが、その3ヶ月の間にしていた居酒屋の接客業のアルバイトで、イップスに似た症状が起きたそうなのです。

「レジでお客さんにお釣りを返そうとした時、お客さんの手のひらにお金をどのタイミングで離したら良いのかわからなくなって指が動かなくなった。投げる時に感じるイップスの感覚と非常に似ていた。」

と話してくれました。

私たちは、知らないうちに、自動化した動作(何も考えないで行なっている動作)をいくつも行なっています。歩いたり、歯を磨いたり、手を洗ったり・・・。スポーツは動作がダイナミックなことが多く、そのぶんミスも目立つことが多いので、イップスはスポーツの世界に目立つことが多いですが、実は、前述の彼のように、日常生活にもイップスらしき症状はありふれています。

「お釣りを渡す=握ったお金を狙った場所に置く」

こう考えると、

「ボールを投げる=握ったボールを狙った場所に向けて離す」
「パターを打つ=握っているクラブでボールを狙った場所に向けて叩く」

というスポーツでよく見られるイップスの場面と、なんら変わりのないものなのです。

イップスは、まだまだ定義がはっきりと決まっていないため、まだまだどこからどこまでがイップスなのかの範囲を断言できません。書籍を出版させていただいて以来、メディアの方より「『ビジネスイップス』なんていうテーマで、メンタルが弱くなってしまって仕事ができなくなるような記事を書いてくれませんか?」などのご依頼をいただくこともあります。いい加減なことは書けませんので、丁重にお断りさせて頂いております(笑)。それから、仕事の効率があるときに急に低下してしまうことは、イップスとはまだ別の状態であると個人的には考えています。

しかし、当たり前のように行っていた動作に、あるとき急に「なんらかの意識」や、動作の失敗を強くイメージしてしまったときには、仕事を始めとする日常生活にもイップスは十分に顔を出すものであるとは考えられます。

イップスの「真実」を解明するには、競技やスポーツ動作に限定せずに、そんなところまで範囲を広げて目を光らせる必要があるのかもしれません。

まだまだイップス話が続きますが、次回以降もお付き合いください(笑)。

1982年群馬県生まれ。2007年早稲田大学スポーツ科学部卒業。現在、ハバナトレーナーズルーム恵比寿・代表。鍼灸師、あん摩マッサージ指圧師、日本トレーニング指導者協会公認トレーニング指導者(JATI-ATI)トレーナーとして、数多くのアスリートのトレーニング、コンディショニングをサポートする他、アスリートのフィジカルコンプレックスをなくすことを目指し、キューバスポーツ研究、イップス研究を行っている。また、柔道グランドスラム・キューバ代表サポート(2011年~)、ワールドベースボールクラシック2013・キューバ代表サポートなどの活動を行っている。
著書『イップス スポーツ選手を悩ます謎の症状に挑む』(大修館書店)