2019.2.12

[vol. 012]

西のペブルビーチ、東のパインハースト


旅するひと = 森下桂吉もりした・けいきち

テレビ朝日アナウンサー。82年入社。翌年海外メジャートーナメント中継に初参加、全英オープンでリポーターを務めた。86年から現在まで全英・全米オープンの実況を担当。オリンピックの実況は96年アトランタ大会以降、民放アナ最多の5回を数える。ゴルフ歴37年、ベストスコア78。

先乗り調査で5ラウンド。ただし歩くだけですが。

サンフランシスコから南へ130マイル(約200km)。海風に押し傾けられた杉や松の神秘的な林を抜け、風光明媚な海岸線に沿って17マイルドライブを進むと「ああ、またやって来たな」と感じます。カリフォルニア州モントレー半島南岸のペブルビーチ。全米オープンゴルフの実況でこれまでに二度訪れている思い出深い場所です。

メジャートーナメントの場合は基本的に、前週の土曜日にスタッフと共に現地入りします。私はその足でゴルフ場に向かい、コースの下見を始めるのがルーティン。会場の歴史や選手の情報は資料を作って日本から持参しますが、コースの状態や直前のニュースは行ってみなければわかりません。全英オープンは決められたコースの持ち回りなので多少の予備知識があるものの、全米オープンとなると毎年変わり、複数回開催しているコースは数えるほど。それも10年に一度くらいのサイクルなので、毎回イチから調べる必要があるんです。

大会前週の週末はすでに会場の設営が進んでいるため一般プレーヤーの姿はなく、早めに移動して来たプロたちが練習ラウンドを始めているのを時折見かける程度。月曜になると練習ラウンドが本格的に始まるので、その前の土日だけはフェアウェイを堂々と歩いて取材ができるチャンスです。歩いて、見て、関係者やボランティアの方たちに話を聞いて、ホールのロケーションや、どこが難しいか、勝負のポイントになるかといった情報を書き留めて、自分なりの資料を作ります。実況中、どんな話になってもすぐに言葉が出てくるように、コースのイメージを焼き付けておくんです。

解説の青木功さんはコースを一度歩いただけで、何番のどこにどんな形状のコブがあって、どんなふうにボールが流れるかを頭に入れてしまうのですが、私には到底無理。歩いて覚え込むしかないと、放送が始まるまでに5ラウンドくらいは見てまわるようにしています。

上の写真はペブルビーチ7番パー3(106~90y)。PGAツアー最短ホールとして知られ、2010年の全米オープン最終日はわずか92ヤード。ただし風により番手は大きく変わります。左上=有名な海越えの18番パー5(543~458y)。右上=1番ホールを望むコテージ。豪華なリビングルームには暖炉のあるテラスも。左下・右下=実況に使用する資料。試行錯誤を重ねて毎回手作り。コース状況や選手に関する話題など足で集めた情報が詰まっています。

タイガーの1人旅

いつだったか、私がグリーン上で取材をしていた時に練習ラウンドをしている選手のボールが飛んできたことがありました。こんな時間に練習なんて、熱心な選手もいるものだ。トッププロはまだ来ていないはずだから地元のアマチュア選手かな、と見ていると、残り200ヤードから2球打って、2球ともすごい弾道でナイスオンしてくるではありませんか。近づいてきた顔を見てびっくり、タイガー・ウッズでした。

周りには誰もおらず、私の独占状態です。これほどラッキーなことは滅多にないと、2~3ホールついてまわりましたが、やはり噂が広まるのは早いもの。あっという間に記者や関係者の大ギャラリーに飲み込まれてしまいました。

2000年にペブルビーチで行われた全米オープンは印象に残る放送になりました。タイガー・ウッズが2位に15打差をつける圧勝で、メジャー大会での歴代最大打差記録を打ち立てたのです。解説の青木さんが「もういい加減、外せ!」と叫んだほど(笑)、ことごとくパットを沈めて行く様は圧巻でした。

ウッズはこのあと、全英オープン(セントアンドリュース)、全米プロ(バルハラ)、翌年のマスターズにも勝ってメジャー4連覇を成し遂げ、全米オープンにはその後、2002年、2008年と勝ってトリプルグランドスラムを達成しています。これらの歴史的瞬間に立ち会うことができたのは、実に幸せなことだと思います。

上の写真はペブルビーチ9番パー4(481~333y)。右サイドに海が続き、グリーン手前に深いバンカーが待ち受ける難ホールのひとつです。下は2000年にペブルビーチで行われた全米オープンを放送中のブース(中央:青木功プロ、右:戸張捷さん)と、中継車内の様子。

パインハーストとペインの記憶

その前年、1999年の全米オープン第99回も別の意味で忘れられない大会です。開催地はパインハーストNo.2コース。ノースカロライナに9つのコースを擁する一大ゴルフリゾートの中のひとつで、ドナルド・ロスの代表作として知られています。過去に全米プロやツアー選手権、ライダーカップなどをたびたび開催してきたこの名門コースで、この年ついに全米オープンが初めて開催されることになりました。

この年の優勝者はペイン・スチュワートでした。最終ホールで優勝を決めた、あのガッツポーズをご記憶の方も多いでしょう。

最終日最終ホールを2位に1打差の首位で迎えたスチュワートは、ティショットが右のラフにつかまって3オン。5メートルの難しいパーパットを残しました。一方、同組で2位につけていたミケルソンは7メートルに2オン。しかし、バーディパットを外します。大半のギャラリーも大会関係者も、そして私たち放送席も翌日行われる18ホールのプレーオフに持ち越しか、と思いました。

ところが、スチュワートはパーセービングパットをど真ん中から沈めたのです。オリンピッククラブで行われた前年の大会で、同じように最終日最終組でスタートしながら最後に逆転負けを喫して涙を飲んだ、そのうっぷんを晴らすかのような劇的な勝利でした。普段は冷静沈着で物静かなスチュワートが派手なガッツポーズで喜びを爆発させたシーンは今も脳裏に焼きついて、忘れることができません。

スチュワートが飛行機事故で帰らぬ人となったのは、それからわずか4カ月後のことでした。翌年、ペブルビーチに舞台を移して行われた第100回大会はディフェンディング・チャンピオン不在で行われ、タイガー・ウッズが大記録を樹立。伝説をスタートさせることになるのです。

パインハーストNo.2コースではその後、2005年、2014年の計3回、全米オープンが行われてきました。次回は2024年の開催が予定されています。その頃はいったい誰が、どんなふうにして新たな歴史をつくっているのでしょうか。

上の写真は1999年全米オープン。最終ホールで劇的な優勝を決めたペイン・スチュワート。左上=パインハースト№2コースの9番パー3(174~124y。全米オープン191y)。最も短いホールですが、左から右に傾斜する2段グリーンで毎回ドラマが生まれます。右上=フェアウェイとグリーン周りのバンカーがタフな同コース14番パー4(433~337y。全米オープン473y)。左下=1899年に建てられたクラブハウス。廊下には過去の大会の記念品や写真が飾られています。右下=パインハーストのマスコットキャラクター『パターボーイ』。パッティンググリーンの脇に銅像が建っています。

いつかはゴルフを

ペブルビーチとパインハースト。どちらも指折りの超高級リゾートですが、パブリックコースなので誰でも回ろうと思えば回れます。ただしプレーフィも超高級。リゾート内のホテルに泊まってゴルフをしたら1人2000~3000ドルは下らないでしょう。

私もいつかお金と時間に余裕ができたらゆっくり滞在して、自分のボールを追いかけてみたいと夢見ています。世界の有名コースを歩いた経験だけは誰にも負けない自信がありますが、いざプレーとなると数えるほど。全米オープンの開催コースで実際にクラブを振ったことがあるのは一度しかありません。

リゾート内にはゴージャスなレストランやコースを見渡すお洒落なカフェ、オリジナルグッズが並ぶショップなどが点在してひとつの街のようになっています。あの街の雰囲気を、いつかはゲストとして味わってみたいものです。なにしろ滞在中の食事といえば、近くの日本食や中華料理のレストランで作ってもらった弁当がほとんど。唯一の楽しみといえば、最終日に街に出て、青木さんの馴染みのレストランで打ち上げをすることくらいなんです。

ペブルビーチには近くにサイプレスポイントやスパニッシュベイといった素晴らしいゴルフ場もありますし、パインハーストには№1から№9までのコースが揃っています。すべてをプレーできたらどんなに楽しいだろう……。そんなことを夢見つつ、今年も6月の大会に向けて準備を始めています。

今年の舞台は開場100周年を迎えたペブルビーチ。1972年から数えて6回目の開催となる全米オープンは6月13日に初日を迎えます。復活を果たしたタイガー・ウッズがどんな活躍を見せるのか。日本人選手の活躍はどうか。今回も熱戦の様子を余すことなくお伝えしたいと思っています。

上の写真はペブルビーチ18番ホールのフェアウェイサイドに建つロッジ。左上・右上=ペブルビーチの宿泊施設。リゾート内に3泊してペブルビーチ、スパイグラスヒル、スパニッシュベイのいずれかを3ラウンドするパッケージの料金は4845ドル(約53万円)~。左下・右下=パインハーストのハウス内にあるレストラン『The Deuce』。クラフトビールやカクテルが種類豊富に揃い、18番ホールを望むテラス席でも食事を楽しめます。

Find Information
Pebble Beach Golf Links(ペブルビーチ・ゴルフリンクス)
「あともう1ラウンドだけまわれるとしたら私はペブルビーチを選ぶだろう」とジャック・ニクラスに言わしめたシーサイドリンクス。コースランキングでもトップに選ばれ続けている。今年の全米オープン開催コース。
27H 10262Y P108
17-Mile Drive, Pebble Beach, CA
18H 6828Y P72
※2010年全米オープン開催時は7040Y P71
開場/1919年
設計/ジャック・ネビル、ダグラス・グラント
Pinehurst NO.2(パインハーストNO.2)
世界で最も有名なゴルフコースの1つとされ、2014年には男女の全米オープンを史上初めて連続開催。男子最終日は18番で1999年最終日と同じピンポジションのグリーン右奥“ペイン・スチュワート・ホールロケーション”が再現された。
80 Carolina Vista, Pinehurst, NC
18H 6961Y P72
※2014年全米オープン開催時は7562Y P70
開場/1907年
設計/ドナルド・ロス
テレビ朝日『全米オープン』
大会と放送に関する情報はこちらから。今年のサイトオープンは6月の予定です(写真は昨年)。
Pickup Item

トーナメント観戦は1日の歩きになります。人混みからの観戦になりますので、バッグも小さ目に。オノフおすすめのグッズで身軽にお楽しみください。