2019.6.27

[vol. 020]

TOKYO・LONDON・PARISで
ボールを追いかけて


旅するひと = 北村勝彦きたむら・かつひこ

1945年大分県生まれ。スタイリスト。雑誌『ポパイ』『ブルータス』『オリーブ』『ターザン』のスタイリスト兼ファッションディレクターを務め、その後フリーに。現在も広告や雑誌等で活躍し、国内外の俳優やタレントのスタイリングも手がけている。この職業の草分け的存在で、ファッション界で名前を知らない人はいないほど。日本映画初のアカデミー賞外国語映画賞を獲得した『おくりびと』(2008年)では衣装監修を担当した。ゴルフ歴25年、ベストスコア72。

はじまりは島の小さなゴルフ場

東京都の八丈島は手つかずの自然が残る亜熱帯の島。絶景ドライブや温泉、釣りなども楽しめる。

初めてクラブを握ったのは48歳の時。場所は仕事で訪れた八丈島でした。羽田から1時間足らずで行ける東京都の離島ですが、飛行機は1日に3本くらいしか飛んでいません。撮影を終えて空港に向かおうとした時、「まだだいぶ時間があるな。よし、ゴルフしよう」と言い出したのは写真家の長濱 治さんでした。僕より4つ年上の巨匠は大のゴルフ好きで、今もバリバリ仕事をしてはコースに出ています。

島で唯一のゴルフ場、八丈島シーサイドゴルフクラブは海を望む高台にありました。9ホールのショートコースでカートなどはなく、3~4本の貸しクラブを小さなバッグに入れ、ティーイングエリアを使い分けて2周します。何しろ初めてですから見様見真似で付いて行くだけでしたが、それでも亜熱帯植物の生い茂るコースを、ところどころ海を見下ろしながらボールを追いかけ歩くのは楽しいもので、あっという間に時間が過ぎました。

それまで毛嫌いして遠ざけていたゴルフがちょっと面白そうだと思えるようになったのは、あの時間つぶしの18ホールを経験してからです。初ラウンドのコースがあれほど素朴なところでなかったら、混雑とは無縁でのびのび回れるコースでなかったら、やっぱり好きになれなかったかもしれません。

八丈島シーサイドゴルフクラブ。左の写真は海に面した1番ホール。唯一のパー4(242Y・252Y)でウッドも使える。写真/一般社団法人 八丈島観光協会

東京に戻り、僕がついにゴルフをしたことが周囲に知れ渡ると、方々からお誘いの声がかかるようになりました。それまで僕に遠慮していたのでしょう。「実は自分もやっているんです。今度ぜひご一緒に」という人が次から次へと現れます。本コースのデビューは、あっという間に軽井沢の晴山ゴルフ場に決まりました。同伴者は、「実は成城のゴルフ部出身です」とか、「今まで言い出せませんでしたが慶応ゴルフ部にいました」といった面々で、彼らはルールやマナーもしっかり教えてくれました。

晴山ゴルフ場も歩いてプレーするコースだったのは幸運でした。ゴルフがいい運動になることを初めて知った僕は、遅ればせながら本格的に始めることを決めました。師匠は浅見カントリー倶楽部の久富章嗣さん(現・浅見ゴルフ倶楽部 理事長)。日大ゴルフ部で主将を務め、全英オープンにも予選出場を果たしたトップアマです。夕方、誰もいなくなったコースでマンツーマンのレッスンを受けるうちに僕は数カ月で100を切れるようになり、ゴルフがどんどん面白くなっていきました。

晴山ゴルフ場は手引きカート利用でバッグの積み下ろしもセルフのアメリカンスタイル。これからの季節は早朝や薄暮もおすすめ。

ついに!聖地巡礼

セントアンドリュース・オールドコース4番パー4(419Y)。フェアウェイ左サイドからは深いバンカーとマウンド越えのセカンドが残る。

それから数年経った頃に、ロンドンでの仕事が入りました。すっかりゴルフに夢中になっていた僕は考えました。これは仕事だけして帰って来るわけにはいかないと……。大胆にもセントアンドリュース・オールドコースでゴルフをすることを思い立った僕はスケジュールを調整し、同行するスタッフの中から有志を集め、業者に予約を手配して、仕事を上回るくらいの情熱を傾けて準備にあたりました。

ついにやって来たプレー当日の朝、セントアンドリュースの古い街並みを抜けてコースに向かう時の高揚した気分は今も忘れられません。沿道には朝早くからゴルファーを当て込んだ店が開いていて、土産物やゴルフ用品を売っています。飲み物とサンドイッチを買い込み、ゴルフショップで念のため多めに買っておくかとボールを眺めていると、仲間の1人がロストボールを勧めてきました。でも、せっかくの晴れ舞台です。「そんなものを使ったらオールドコースに失礼だよ」とニューボールを1ダース買い、隣を見ると彼はロストボールを30球も抱えていて、僕はちょっと不安になりました。

不安は的中しました。18番のティに来た時、僕の手持ちのボールは1個だけになっていたのです。残りの11球はとっくにヒースの茂みの中に消えてしまい、結局、仲間のロストボールのお世話になりました。ともあれ感動のラウンドを終え、ホテルでゴルフ談議に花を咲かせていると、ホテルの主人が「そんなに楽しかったのなら、もう1ラウンドして行くかい?」と言ってきました。聞けば、オールドコース以外なら取れるかもしれないというのです。みんなが飛びついたのは言うまでもありません。翌々日、僕達はニューコースをまわり、時間ギリギリで帰りの飛行機に乗ることができました。

左上=600年の歴史を誇るイングランド、ライの宿、マーメイド・イン。右上=スコットランドの伝統的なキルトショップ。下段=ライはドーバーにほど近い港町。中世にタイムスリップしたような美しい町並みが広がる。

英国ではかつてロンドンに住む友人と、イングランド南東部のRye(ライ)を訪ねたこともありました。ロンドンから1時間ほどの、至るところに中世の趣を残した古い港町です。きっかけは、知人から聞いた「ライには素晴らしいコースがたくさんある」という情報でした。

車を走らせ、目指すコースに到着した僕達はチェックインをするため、意気揚々とプロショップに向かいました。エントリーにはハンディキャップの規制がありますが、ここでは証明書の提示を求められることはなく、口頭で尋ねられただけでした。事前にハンディの上限は24のところが多い。18ならほぼまちがいなく回れる。と聞いていたので、僕達は控えめに20と答えました。

応対したスタッフの表情を見て、それが大きなまちがいだったことに気づいた時は手遅れでした。僕達は入場をきっぱり断られてしまったのです。肩を落としていると、奥から今度は責任者と思しき人が出てきて言いました。「誠に申し訳ありませんが、私共の倶楽部ではプレーをしていただくことができません。しかしこの先、数マイル行ったところにお二人のハンディでもまわれるリンクスがございます」
実に折り目正しく、紳士的な態度でした。紹介されたリンクスに着くと、すでに連絡が入っていたようで僕達は丁重に迎えられ、ライの素晴らしいコースをプレーすることができたのです。この国のゴルフに対する誠実さというか、本気度のようなものに触れた気がしました。

以来、英国のゴルフ場で何度もプレーしてきましたが、行くたびに唯一、残念に感じるのがゴルファーのファッションです。地元ゴルファーも旅行者も、みんながアメリカのスポーツメーカーのウェアを着ていて、英国伝統のスタイルをしている人はほとんど見かけません。アーガイルのセーターやウールのパンツがせっかく似合う景色の中にいるのに。あれはちょっともったいない気がします。

神と自然が創ったといわれる“The Home of Golf”オールドコース。ブッシュに打ち込んだら脱出はおろかボール探しさえ難しい。

パリ郊外のゴルフ場で感じたこと

ル・ゴルフ・ナショナル。欧州でも数少ない本格的なスタジアムコースで、8万人規模のギャラリーを収容できるという。

4年ほど前、CM撮影でパリに出かけた時のことです。仕事が順調に進み、予備日に時間ができた僕達は希望者を募ってゴルフに行くことにしました。向かったのはル・ゴルフ・ナショナル。ヴェルサイユ宮殿からわずか15分ほどの場所にある名門倶楽部です。2018年にはフランス初開催となるライダーカップがここで行われることが決まっていました。ご存じのとおり、ライダーカップは2年に一度開催される欧州ツアーと米ツアーの対抗戦。当代のトッププロがチームを組み、ホーム・アンド・アウェーで競う一大イベントです。欧州の開催地はほぼイングランドと決まっていて、1927年の第1回から数えて過去にヨーロッパ大陸で行われたのは1997年のスペインのみ。それがこのゴルフ場にやってくるのですから地元はたいそう盛り上がっていました。

パリ近郊のゴルフ場というと、森の中に造られた自然派のコースが多い印象がありますが、ル・ゴルフ・ナショナルはフェアウェイが広くほぼフラット。美しい造形の池やバンカーを効果的に配したコースでした。ビジターもプレーが可能で、ライダーカップ以降は旅行者の来場も増えているようです。

フランスでゴルフはマイナーなスポーツと思われがちですが、パリ近郊にも意外とたくさんのコースがあって、市民の憩いの場になっています。あるゴルフ場でちょっとびっくりする場面に出合ったことがありました。1人の紳士が電動の1バッグカートにキャディバッグを積み、ペットの犬を連れてプレーしていたのですが、彼は犬にリードを付けず、自由にコースを歩かせていたのです。 躾が行き届いていると見えて、ご主人がパッティングをしているあいだ、犬は少し離れたところでじっと待ち、グリーン上に上がることは決してありませんでした。そのゴルフ場だけに許されたことかどうかは定かではありませんが、あんな風にのびのびと緑の中を一緒に歩き、楽しむことができるなんて、人間にとっても犬にとっても何と幸せなことかと感じ入った出来事でした。

ル・ゴルフ・ナショナルはヴェルサイユからわずか10km。宮殿を巡る観光とゴルフの組み合わせも可能だ。左上=音楽の庭園(Les jardins musicaux)。バロック音楽に乗せ、特別公開される木立の間を散策できる。右上=ヴェルサイユ市街のマルシェ散策も楽しい。左下=ラトナの花壇と泉水。6~9月の毎週土曜に夜間の噴水ショーが行われている。右下=噴水ショーの際のヴェルサイユ城庭園。

ちょっと寄り道 八丈島
  • 八丈富士ふれあい牧場
    海、三原山、市街地を一望できる絶景スポット。入場無料。9:30~16:00 無休。
  • 町営温泉
    太平洋を見下ろす露天風呂から秘境の湯まで島内の温泉施設は7カ所。入浴料は300~500円、一部無料の施設もある。
  • すし処 銀八
    人気の寿司店。名物の島寿司(写真)は要予約。12:00~14:00(L.O.13:30)、17:30~21:00(L.O.20:30) 木曜休。
  • 山本秀正商店
    八丈の海で獲れた魚を注文に応じて切り分けてくれる鮮魚店。水産加工品も販売。日曜休。
  • 空間舎 in Long Beach 1983
    手作りケーキが評判の島のカフェ。写真は明日葉が香るチーズケーキ。13:00~18:00 火・金曜休。
  • 黄八丈めゆ工房
    八丈島の伝統織物、黄八丈の織元。工房見学可能で小物を販売しているコーナーも。9:00~12:00、13:00~17:00 無休。
写真/一般社団法人 八丈島観光協会
Find Information
八丈島シーサイドゴルフクラブ
地元ゴルフ愛好者達の手造りで1982年に開場したショートコース。プレーフィ4,000円、レンタルクラブ1,000円。不定休。
東京都八丈島八丈町樫立86
9H 991Y/1018Y P56
八丈島観光協会
八丈島の詳しい情報はこちら。
晴山ゴルフ場
1961年開場。軽井沢駅の南側に広がる老舗リゾートコース。ラウンドは全組セルフ・歩き(手引きカート使用)。
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢
18H 5742Y P70
St Andrews Links セントアンドリュース・リンクス
2008年にキャッスルコースがオープンして全7コース。オールドコースのグリーンフィは90ポンド(約12,440円)~190ポンド(約26,270円)。ニューコースは40ポンド(約5,530円)~80ポンド(約11,060円)。
Le Golf National ル・ゴルフ・ナショナル
3コース45ホール。フランスゴルフ協会が全仏オープンのホームグラウンドとするべく3年がかりで造成。2024年にはパリ五輪の会場になることが決まっている。アルバトロスコース(チャンピオンシップコース)のグリーンフィは200ユーロ(約24,600円)。敷地内には4つ星ホテルも併設。
フランス観光開発機構
フランスを旅するための情報満載(日本語)。
パリ地方観光局
パリおよび周辺地方の情報はこちらから。
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TPOという言葉を覚えてられるでしょうか。時・場所・状況に合わせたファッションを旅先でも守るのは大人の楽しみですね。