2019.9.5

[vol. 022]

30年目の英国一人旅


旅するひと = 白木 仁しらき・ひとし

1957年生まれ。筑波大学教授。アスレティックトレーナーとして片山晋呉プロ、工藤公康投手、スピードスケート日本代表、シンクロナイズドスイミング日本代表など数々のトップアスリートをサポート。現在は日本ゴルフ協会ナショナルチームのフィジカルコーチ、オリンピック強化委員を務めている。ゴルフ歴約35年、最高ハンディ2。

海越えホールと絶品スイーツ

大村湾に面した本格派リンクス、パサージュ琴海アイランドゴルフクラブ。3つの海越えを含むホールデザインは変化に富み、プレーヤーのレベルに合わせて楽しめる。

この企画の話をいただいた時、さて、思い出に残るゴルフ場はどこだろうと考えてみた。仕事柄、足を運んだことのあるゴルフ場は国内だけでもかなりの数に上る。最近では霞ヶ関カンツリー倶楽部の東コースが実に素晴らしく変貌していた。トム・ファジオによる2016年の改造はアリソンによる根本設計を生かしながら大胆かつ繊細。プレーヤーの判断能力、考察力、テクニックをとことん引き出すワールドクラスのコースになっていた。来夏、ここでタイガーやケプカらがプレーするかもしれないと思うと期待は高まる一方である。

もうひとつ、忘れられないコースにパサージュ琴海がある。長崎県の人気シーサイドコースで2010年に日本プロゴルフ選手権、2015年に日本女子プロゴルフ選手権が開催された。 日本女子プロの開催週に1週間ほど滞在した時は、あろうことかプロアマにも出場することになった。普段はトレーナーとしてプロに接している私が“選手”としてフェアウェイを歩いているのだから、みんなから「先生、どうしたの?」「けっこう上手いじゃない!」と、行く先々でさんざん冷やかされた。あんな晴れがましい席はあとにも先にもあの日限りである。

アスレティックトレーナーを務める片山晋呉プロとのトレーニングの様子。オーガスタナショナルをはじめとする世界各地のトーナメント開催コースやキャンプ地に同行してきた。

噂には聞いていたが、パサージュ琴海はロケーションのいいコースだった。長崎の内海、大村湾に突き出た半島にレイアウトされており、6735ヤード(パー72)は当時、国内女子ツアー史上最長のセッティングだ(日本プロ開催時は7060ヤード・パー70)。風光明媚なリゾートコースの印象が強いが、海岸線を取り込んだ海沿いのホールは特に風の影響を受けやすく、フェアウェイもグリーンもアンジュレーションに富んで一筋縄ではいかない。

海越えショットを楽しめるホールは3つあり、なかでも12番(トーナメント開催時。通常は3番)は噂通りの面白さだった。海を挟んだ小さな半島にレイアウトされた2段グリーンに向かって10メートルほど打ち下ろすパー3で、風向きによってますます距離を合わせづらくなる。これほどの本格的な海越えホールは国内でもここだけだそうで、その後もパー5、パー4の海沿いの絶景ホールが続き、堪能した。

コースに付帯した300ヤード超のドライビングレンジからも、ハウス内のレストランからも海が見えて爽快。敷地内に建つホテルも全室がオーシャンビューと聞いた。レストランは料理もよかったが、デザートのケーキが秀逸だった。北海道出身者ゆえ、生クリームの味には妥協しないほうだが、ゴルフ場のものとは思えないレベルの高さで大いに気に入り、滞在中、連日食べていた。

長崎空港から車だと1時間ほどかかるが、専用の高速船に乗れば敷地内の桟橋まで30分足らず。ちょっとした船旅を楽しむことができて、こちらもおすすめである。

パサージュ琴海の名物ホール、3番パー3(184~161Y。日本女子プロ開催時は12番・175Y)。風の読みとアンジュレーションのある2段グリーンをどう攻略するかがスコアメイクのカギ。

ひと目惚れしたリンクス

アバディーンから北へ23マイル。スコットランドの東海岸に広がるクルーデンベイ・ゴルフクラブ。開場は1899年だが、それより100年以上も前からゴルフがここで行われていたという。

海外の思い出ナンバー1コースはスコットランドのクルーデンベイに尽きる。30年近くにわたって英国のゴルフ場に魅せられ、旅を続けているのだが、このナンバー1は当面揺らぐことはなさそうだ。 英国にたびたび足を運ぶようになったきっかけは市村先生(※市村操一氏。筑波大学名誉教授、スポーツ心理学者)。セントアンドリュースのメンバーに私が名を連ねることができたのも先生のおかげである。

1991年、スポーツ医学講師として母校の筑波大学に戻った時、先生は僕らかつての教え子に「君達はこれからゴルフも教えるのだから、英国のゴルフ場くらい知っておいたほうがいいだろう」と、スコットランドへのツアーを計画してくれた。あっという間に先生自ら旅のルートを決め、ゴルフ場や宿を手配して引率してくれたのだが、行先はセントアンドリュースのオールドコースやターンベリーなど名門コースばかり。グリーンフィが高騰する前の時代だったから、今なら2万円くらいするところもたいてい4000~5000円でまわることができたのはありがたかった。年に一度のスコットランド行はその後2回ほど続いたが、3年目の直前になって先生の都合が悪くなってツアーは休止。それからは先生のすすめもあって、僕は1人で旅を続けることになった。

ある年、先生から聞いて旅程に組んだゴルフ場にクルーデンベイがあった。コースがあるのはスコットランド、アバディーンの北方。僕はそこにひと目惚れをした。フェアウェイを縁取る金色の草地がまるでライオンの鬣(たてがみ)のように風になびいてそれは美しい。まわりの景色に圧倒されると、どんなショットをしようとか、いくつで上がろうとか、そんなことはどうでもよくなってしまうのを、僕はその時初めて経験した。

ホール間の草地が海風を受けて一斉に波を打つ、その景色はまさに圧巻。隣接するクルーデンベイB&Bは客室からコースを望む抜群のロケーションと家族的な雰囲気で人気が高い。

スコッチの味

B&Bや安いホテルに泊まり、車で方々のリンクスを巡る。エジンバラから3時間も4時間もかけ、1人でスコットランドの北の果てまでやって来るような東洋人はかなり珍しいようで、皆、とてもよくしてくれる。

立ち寄った店で「このゴルフ場に行ってみたくて」と主人に話したら、「メンバーを知ってるから頼んであげるよ」と手配してくれたこともあった。もしも団体で押しかけていたら、あんなこともなかっただろう。これも気ままな1人旅のよさである。

大小様々なウイスキー蒸留所が点在するスコットランド、ハイランド地方。写真は1838年創業のグレン・オード。予約すれば見学も可能だ。

海辺の小さなレストランで食べる漁師料理には美味しいものが多く、名物のCullen Skinkというクリームスープは冷えた体を温めるのにもってこい。魚の燻製を煮込んで作られているため独特の香りがあるが、クセになる味だ。

旅を続けるうちに、スコッチの銘酒に出合う愉しみも加わった。土地土地に無数の地酒が存在し、それらの原料や産地、樽の違いを知る面白さ。かくして私もハマった1人である。有名どころでいえばバランタインの30年物やグレンリベット、アイラ島のブレンデッドモルト、ユラ……。キンタイア半島の南端、キャンベルタウンで造られているスプリングバンクも個性的で美味しいシングルモルトである。

海の近くに行ったらぜひシーフードを。写真はエジンバラにある店、ザ・シップ・オン・ザ・ショア。スコットランドの名物料理、カレン・スキンクももちろん食べられる。

振り返れば、白亜の灯台で知られるターンベリーや、ポステージスタンプの異名を持つパー3があるロイヤルトゥルーン、1786年設立のバルコミーリンクス、そして、エジンバラから遥か300キロ以上も離れているため全英オープンの会場にならなかった北の果ての名コース、ロイヤルドーノック等々、どこも本当に素晴らしいコースばかりだった。カーヌスティで風の洗礼を受けてまったく太刀打ちできなかったのも今となってはいい思い出だ。

名門倶楽部にも「こんなところまでよくいらっしゃいましたね」と迎えてくれるところはけっこうある。1年前から書類を送り、ハンディ証明書とハウスで着るジャケットとタイを持参して、というようにそれなりの準備は必要だが、一度行けばそんなのはどうってことないと思えるようになる。 市村先生に連れられて初めてスコットランドを旅した年からもうすぐ30年になる。さて次はどこに行こうか。そして自分は今後、どんなゴルフライフを送ろうか。スコッチのグラスを傾け、旅先で見聞きした貴重な経験を思い返すたび、あらためて考える今日この頃である。

スプリングバンク蒸溜所のウイスキー樽に使われるステンシル型。海に近い静かな町で作られているシングルモルトは芳醇な香りと独特の塩辛さがたまらない。

ちょっと寄り道 長崎
  • 卓袱料理
    円卓を囲んで味わう長崎ならではの伝統料理。写真は数多くの文学墨客も訪れた1642年創業の史跡料亭『花月』。
  • 軍艦島(端島)
    かつて海底炭坑があった島。明治日本の産業革命遺産として世界遺産に登録された。
  • 大浦天主堂
    現存する国内最古の教会。聖堂内には約100年前のステンドグラスも。世界文化遺産、国宝。※写真掲載にあたっては大司教区の許可をいただいています。
  • 海鮮料理店
    新鮮な海の幸は必食。写真は『おこぜ専門料理 小笠原』。近海産のおこぜをフルコースで堪能できる。
  • 稲佐山
    世界新三大夜景に認定。ロープウェイからの眺めもいい人気スポット。
  • カステラ
    カステラは定番の長崎土産。数ある中でも琴海堂は和三盆糖を使用。コクのあるおいしさで評判。
Find Information
パサージュ琴海アイランドゴルフクラブ
18H 7107Y P72
開場/1992年 設計/藤井義将
ホテル、プール、結婚式場、プライベートビーチなどを擁するリゾート内の絶景コース。基本的にプレーは歩き。長崎空港から専用船で25分。
ながさき旅ネット
長崎観光の情報はこちら。
Cruden Bay Golf Club
クルーデンベイ・ゴルフクラブ
18H 6263Y P70
開場/1899年 設計/オールド・トム・モリス、アーチー・シンプソン
スコットランド有数のリンクス。グリーンフィ平日18ホール135ポンド(約17,300円)、同36ホール175ポンド(約22,400円)。
Cruden Bay Bed & Breakfast
クルーデンベイ・ベッド&ブレックファスト
窓の外にクルーデンベイGCの絶景が広がるアットホームな宿。2人1泊90ポンド(約11,500円)~、1人1泊60ポンド(約7,700円)~。
Pickup Item

旅にペンを持ち歩く人は少ないかもしれませんが、ホテルのチェックインでマイペンを使用するのも古の紳士のようで格好良いものですね。スコアカードホルダーを旅行時にレシート入れに使う裏技をご存知ですか?