2020.10.26

[vol. 037]

能楽師のコンペは日本一


旅するひと = 武田 宗和たけだ・むねかず

1948年生まれ。観世流シテ方能楽師。父・武田太加志と二十五世観世左近に師事し、3歳で初舞台。以後、数々の大曲を披き、2018年には至難至高の能とされる三老女のひとつ『姨捨(おばすて)』を勤めた。観世会、能楽協会常務理事。重要無形文化財総合指定保持者。2019年秋の旭日双光章受章。アルジェリア、フランス、インド、ポーランドなど海外公演は10数か国に上る。ゴルフ歴60年、ベストスコア84。

毎月開催、通算720回!

近年の新東京都民ゴルフ場(旧・東京都民ゴルフ場)。荒川河川敷にセミパブリックコースとして1955年開場。設計は上田 治。昨年、台風被害で閉鎖の危機に瀕したが奇跡の復活を遂げた。

能楽師とゴルフ。あまり結び付かないように感じられるかもしれませんが、実は愛好者がけっこういます。それも今に始まったことではなく、観世流の能楽師による千鳥会というプライベートコンペは実に60年を超える歴史を誇ります。現在は基本的に8月を除く毎月開催しており、この10月で通算721回目を迎えました。

観世流のシンボルである鳥の文様『観世千鳥』に因んで命名された千鳥会は1957年、私の父(能楽師 武田太加志氏)の世代が中心となって発足しました。第1回大会は同年8月に東京都民ゴルフ場で行われたという記録が残っています。現在は9ホールに縮小されていますが、当時は2コース18ホールを擁し、林由郎プロが所属。修業時代を送った弟子の青木功プロが「日本のセントアンドリュース」と称えたという由緒ある河川敷コースです。

最初の頃は不定期開催だったようですが、その後、月例競技となり、現在は7月にそれまでの優勝者による決勝を兼ねた大会を2日間にわたって行っています。1日目の順位による組み合わせで最終組をまわる決勝戦はプロトーナメントさながら。例年、名誉をかけた好勝負が繰り広げられます。会員数は20人ほど。メンバーのほとんどが能楽師で、節目の記念大会などは関係者の皆さんもお誘いしています。

左=能の大成者である観阿弥・世阿弥から約650年の伝統を受け継ぐ観世流。写真は平家物語の屋島合戦を題材にした『屋島 弓流』でシテ(主役)を勤めた武田氏。次回は2021年1月9日、国立能楽堂で行われる1月普及公演に出演予定。右=2018年の千鳥会第700回の記念大会(宮崎・フェニックスカントリークラブにて)

父の影響で、私も小学5年生の頃から練習場に通うようになりました。学校が休みの時には親戚一同で伊豆大仁に滞在し、裏山にできたばかりの打ちっぱなしでよく遊んだものです。そんな練習の甲斐あってか、中学2年の時に一碧湖のゴルフ場でコースデビューした時は両方60台。ほどなく人生2度目のラウンドをサザンクロスで経験し、1.5Rで77・67・57と10打ずつよくなっていった思い出があります。

18~19歳の頃は、親達が行く千鳥会に付いて行ったこともありました。20歳の時から家元のところに住み込んで7年間の修業生活を送り、晴れて正式会員となったのが28歳の時。第250回の記念大会がデビュー戦でしたから、これまで450回ほども参加していることになります。

千鳥会のメンバーとは、本当にあちこちのゴルフ場に行きました。節目の記念大会で海外に行く時などは、いつにも増してみんなのスケジュールを調整するのに苦労します。確かオーストラリアのパースだったと思いますが、はしごを使って降りるバンカーを見た時は一同びっくり。旅の思い出は尽きません。

富士山を望む絶景コース、富士レイクサイドカントリー倶楽部。過去にフジサンケイレディスクラシックも開催された。写真は真正面の富士山に向かって緩やかに打ち上げていく10番パー4(418~293Y)。

近頃は多摩カントリークラブ(東京)や厚木国際カントリー倶楽部(神奈川)で例会を行っています。今年7月の決勝は富士桜カントリー倶楽部と富士レイクサイドカントリー倶楽部を予定していましたが、台風の影響で残念ながら競技不成立。それでも有志が集まって雨風の中をラウンドしてきました。

私にとって、富士レイクサイドはベストスコアを出したゲンのいいコース。自己タイ記録の27パットもここで経験しています。幼いころから鍛えているので体幹がしっかりしているとお褒めの言葉をいただくこともありますが、パターが得意になった理由は自分ではよくわかっていません。ところが、今回の富士桜のグリーンは手に負えませんでした。以前は富士山との位置関係でラインが読みやすかったのですが、全面張り替えてからは場所によって下りのラインが上りに見えてしまうなど、とても難しくなっていました。

ちなみに千鳥会では朝の練習はショットもパットもご法度という伝統があります。理由は「やってもやらなくても同じだから」(笑)。うっかり練習場に行ってしまった人は2ペナという決まりはありますが、皆がはじめからそういうものだと思っているので今や慣れっこ。違反者はめったにいません。

2015年に富士桜で通算660回目のコンペを行った時のことです。これだけ長く続いているのだから、記念に『日本一ネット』(様々な”日本で一番”を認定・掲載しているサイト)に登録申請してみようという案がメンバーから出されました。「ギネスブックは無理でも国内なら」と申請したところ、晴れて合格。『ゴルフコンペの開催数日本一』の認定を受けることができました。これは発足以来、代々積み重ねてきたご褒美のようなもの。650年続いている能の伝統に比べたら、まだまだですが。

富士レイクサイドCCのドライビングレンジ(270Y・17打席)。富士山に最も近い練習場として知られ、豪快に打てると評判だが、「千鳥会では残念ながら使用したことがありません」。

福岡の正統派

福岡は食の宝庫。いよいよフグの季節到来です(写真=西中洲『味処 ひろ家』)。

一般の方へのお稽古は都内の他、福岡市内にも1985年から稽古場を設け、毎月、指導をしに出かけています。定期的に発表会を行い、その稽古やリハーサルもありますから、トータルすると年間30泊以上はしている計算です。
スケジュールが許す限り、帰り道の楽しみにしているのはもちろんゴルフです。ご存じの通り福岡は、KBCオーガスタを長年開催している芥屋ゴルフ倶楽部をはじめ、女子競技の舞台になっている福岡カンツリー倶楽部和白コース、先ごろ日本女子オープンが行われたザ・クラシックゴルフ倶楽部など、タフで趣のある名コースが多彩に揃っているところ。これを素通りして帰るわけにはいきません。生徒さんや地元の皆さんの口利きのおかげで、県内だけですでに22~23コースは行っていると思います。

中でも気に入っているのが芥屋ゴルフ倶楽部と玄海ゴルフクラブです。福岡市街からそれぞれ車で1時間ほどの場所にあり、どちらも目の前に玄界灘が広がる風光明媚なゴルフ場です。
宗像市内にある玄海ゴルフクラブはほぼフラットなシーサイドコースで距離があり、ホール間の松林と要所要所に待ち受けるバンカーが難度を増しています。今年11月にはプロテストの最終競技がここで行われることが決まっているそうです。

右上、下=松林でセパレートされたフラットなシーサイドコース、玄海ゴルフクラブ。年輪を重ねた松林のあいだから玄界灘と湯川山を望むロケーションが秀逸。

一方の芥屋ゴルフ倶楽部は県西部の糸島市内にあり、アウトは芥屋の大門(けやのおおと。玄界灘の名勝奇岩)を見下ろすことから大門コース、インは可也山(糸島市のシンボル。別名・糸島富士)を望むことから小富士コースと呼ばれています。
どちらのゴルフ場も風の強い日は途端にスコアメイクが難しくなりますが、メンテナンスはいつ行っても素晴らしく、気分よくまわることができます。パッティングが好きな私にとって、芥屋のコーライグリーンに挑戦できるのも大きな楽しみのひとつです。

上、右下=芥屋ゴルフ倶楽部。高台にあるクラブハウスから玄界灘の絶景を眺めることができる。左下=芥屋の大門(国の天然記念物)。玄武岩の柱状節理(ちゅうじょうせつり)から成る高さ64mの巨大な洞窟。冬場を除き遊覧船も運航している。

福岡は食事も大きな魅力。稽古の後に立ち寄るお店は大体決まっています。中でも西中洲でおすすめの3軒をご紹介しましょう。もつ鍋なら居酒屋の瓜生(うりゅう)。1人前1000円足らずと驚くほど手頃な値段で本当にきれいなモツを出してくれます。今のご主人が生まれる前からご両親が経営するスナック『赤い屋根』に通っていたので、もう40年の付き合いになります。魚料理を食べたくなったら、ひろ家。新鮮な魚介を様々な和食に仕立ててくれます。そして鮨は亀松。ここのネタはどれも絶品です。絶品ですが気取らないところが気に入っています。

武田氏推薦 福岡・西中洲でまちがいなしの3軒
  • 鮨 亀松
    芸能、スポーツ関係者にも愛される鮨の名店(要予約)。
    「口の中でとろける自慢の穴子は必食。平目やアラ、鯛など白身もおすすめです」
  • 味処 ひろ家 (ひろや)
    アラカルト、おまかせなどいろいろ。河豚コース10000円~(税別、料理のみ)。
    「旨い魚を味わうならここ。冬の楽しみはふく刺し、ふくちり。お酒も進みます」
  • 居酒屋 瓜生(うりゅう)
    名物『自家製白だしの和牛もつ鍋』で知られる大衆居酒屋。
    「カジュアルなお店ですが主人の腕は確か。あっさりスープのもつ鍋は外せません」
Find Information
富士レイクサイドカントリー倶楽部
18H 6816Y P72
開場/1960年 設計/原田 誠
県内では富士GCに次ぐ歴史があり、メンバーシップコースとしては最古。周囲の別荘地内にオープンした1棟貸しゲストコテージとの宿泊パックもおすすめ。
芥屋ゴルフ倶楽部
18H 7103Y P72
開場/1964年 設計/赤星四郎
例年8月にKBCオーガスタを開催。玄界灘を見下ろす丘陵コース。男子ツアー唯一の高麗グリーンはコンディションがよく、トーナメント前後はさらに高速になる。
玄海ゴルフクラブ
18H 7011Y P72
開場/1963年 設計/関西プロゴルフ協会
福岡市、北九州市から車で約1時間。ほぼフラットなシーサイドコースはパー4、パー5共に距離たっぷり。松林と98個のバンカーが難度を高めている。
よかなび
福岡市のイベント情報・観光情報はこちら。
糸島市商工観光課
糸島市の観光情報はこちらから。
観世能楽堂
総檜造りの能舞台を備えた能楽堂(GINZA SIX 地下3階)。武田氏は12月1日の東京アート&ライブシティ『羽衣』で後見、2021年4月10日の朋の会にて『土蜘蛛』のシテを勤める。『土蜘蛛』は能の初心者にもおすすめの演目。
ちょっと寄り道 福岡
  • 友泉亭公園(紅葉の見頃:11月中旬~12月中旬)
  • 雷山千如寺大悲王院(らいざんせんにょじ だいひおういん)
    約1300年の歴史を誇り、紅葉の名所としても名高い古刹。樹齢400年の大楓(県指定天然記念物)など境内の紅葉は見ごたえ十分。見頃は例年11月上旬~中旬。
  • 桜井二見ケ浦
    『日本の渚百選』にも選ばれたビュースポット。海岸から150mの海中に並ぶ夫婦岩に沈む夕日が伊勢の二見ヶ浦の朝日に対して夕陽の筑前二見ヶ浦として知られている。
  • 伊都菜彩
    売り上げ日本一のJA直売所。漁協から朝一番に届く鮮魚やとれたて野菜、糸島牛・糸島豚など糸島産にこだわった食材、加工品が広い店内にずらり。早めの来店がおすすめ。
  • オークラブルワリー
    ホテルオークラ福岡にあるビアレストラン。館内の醸造所で造られるできたての『博多ドラフト』は格別の味わい。ピザ窯で焼き上げた熱々ピザとの相性のよさは言うまでもなし。
  • 福岡オープントップバス
    1コース60~80分で福岡市内の主要観光スポットを巡る2階建てバスツアー。『シーサイドももち』『博多街なか』『福岡きらめき夜景』の3コースがあり、料金は大人1570円。
  • 松屋利右衛門 鶏卵素麺
    安土桃山時代、ポルトガルから伝来した南蛮菓子を起源とする福岡銘菓。1673年に販売を開始した老舗、松屋利右衛門が十三代にわたり伝統の味を受け継いでいる。
Pickup Item

classicには古典的なという意味の他に、一流という意味もあります。伝えられてきた伝統芸能の世界に通じるものをオノフゴルフの中からピックアップしました。