2021.4.5

[vol. 041]

今日もコースで盟友と


旅するひと = 中嶋貞治なかじま さだはる

1956年東京都出身。祖父は北大路魯山人が主宰する星岡茶寮の初代料理長を務めた中嶋貞治郎氏。京都で修業の後、24歳で先代が開店した『新宿割烹 中嶋』を引き継ぎ、現在も自ら豊洲市場に通い、板場を取り仕切る。同店はミシュランガイド東京の創刊以来13年連続で星を獲得中。ホテルの日本料理店の調理顧問やNHKの情報番組『あさイチ』などのテレビ出演、料理教室や食育セミナーの講師など多方面でも活躍。ゴルフ歴46年、ベストスコア74。

実は体育会系ゴルファー

千葉県市原市の鳳琳カントリー倶楽部。 赤坂迎賓館の游心亭庭園やホテルニューオータニの日本庭園など多くの名園を手がけた岩城亘太郎(いわき・せんたろう)による庭園美を堪能できる。

仕事柄、月曜から土曜の朝は豊洲や築地に通い、夜は店がありますからコースに出られるのはほぼ日祭日限定。千葉県にあるホームコースの山武グリーンと鳳琳カントリー、あとは山武グリーンの姉妹コースであるグリッサンドによく行っています。

ホームコースではたいてい陳建一さんと一緒です。中国料理と日本料理、ジャンルは違えども、お互い父の仕事を継いだ点で境遇が似ていますし、1学年しか違わない同世代。料理評論家の岸朝子さんのご紹介で知り合って以来、仲良くさせてもらっています。

車種は違いますが、陳さんとは車のナンバーも3939で一緒なんです。2人とも商売をしていますから、お客様に「いつもありがとうございます」という意味で。加えて、「前半も後半も39・39でまわれるように」という願いも込めて選びました(笑)。

山武杉の木立に包まれたフラットな林間コース、山武グリーンカントリー倶楽部。カメリアヒルズCCや千葉夷隅GCなどを設計した安田幸吉・川村四郎の最後の共同作品。

料理人は総じてせっかちですから、ゴルフも自ずと“超”の付くプレーファストになります。キャディさんに「どうしてそんなに急いでるんですか?」と驚かれることもあるほどですが(笑)、相手の時間がかかりそうなら先に打って進めておく。グリーンに上がる前に傾斜や周りの状況をチェックしておき、のんびりラインを読んだりせずに構えたらすぐにパットする。料理人同士で回る時はいつもこれ。阿吽の呼吸というやつです。

料理は段取りが肝心です。方々に目を配り、いくつもの作業を同時に進め、最後にぴたりとタイミングを合わせて最高の状態でお客様の前に料理をお出しする。それと通じるものがゴルフのラウンドにもあるような気がします。

まもなく開業60年目を迎える東京・新宿の『新宿割烹 中嶋』(料理は一例)。

初めてクラブを握ったのは大学受験を控えた高校3年の頃です。日大三高の硬式野球部で野球に打ち込んでいたのですが、故障により断念。そんな時に父が勧めてくれたのがゴルフでした。
それまで年寄りのスポーツだとばかり思っていたのに、打ちっ放しに連れて行かれた日から見事にハマり、京都産業大学に進学後は迷うことなく体育会ゴルフ部に入部しました。

しかし大学3年の時に父が病気で急逝し、店を継ぐ決心をして退学。祖父(星岡茶寮の初代料理長・中嶋貞治郎氏)の出身地でもあった京都にそのまま残って料理修業を始め、ゴルフとはしばらくのあいだ距離を置くことになりました。
本格的にコースに出られるようになるまで10年近くかかりましたが、その間もゴルフは心の支えになってくれました。自分にはあんなに打ち込めたものがある。いつかきっとまた再開を。そう思うだけで頑張れたのも事実です。

「ぜひまた一緒に、と言ってもらえるようなゴルフをするんだぞ」。父の教えを大切に守りながら、今は仲間とのラウンドを心底楽しんでいます。

上=鳳琳カントリー倶楽部の8番パー5(レギュラー531Y)。3打目は池越え、グリーンは砲台状の3段グリーン。

ドライブインの出来事

成田市にあるグリッサンドゴルフクラブ。高速のベントグリーンが待ち受ける美しいコースは“水の魔術師”の異名を持つ小林光昭の設計。

ホームコースではトップスタートで出ることが多いので、11時半頃には風呂に入っているか、どこかで食事をしています。真冬の頃は暗いうちに到着し、コースで日の出を迎えることも珍しくありません。

ある年の5月の連休の頃、グリッサンドからの帰り道だったと思います。陳さんと、『料理の鉄人』以来のゴルフ仲間で浄水器の会社をされている引地さんが集まると、必ずといっていいほど立ち寄る国道沿いのドライブインがありました。
車を停め、いつものように席に着くと、お店にいた女性の1人が「田植えの時期なものだから今日は料理人が田んぼに行ってしまって、料理を出すことができない」と言うのです。それを聞いた陳さん、なんと「じゃあ自分で作ってもいい?」と言い出しました。

「別にいいけど、お客さん、ほんとに料理できるの?」という声を背に受けながら、僕たちは厨房へ。食材をざっと見て、陳さんは麻婆豆腐と回鍋肉(ホイコーロー)、僕は天婦羅を揚げてあっという間に完成。お店のみなさんにも味見をしていただいて、思い出に残る食事会となりました。

ドライブインの厨房で。お店からのサービスの漬物とどんぶり飯で楽しい打ち上げに(撮影/引地正修氏)。

陳さんとの思い出は尽きませんが、昨年はこんなこともありました。鬼の霍乱とでも言うのでしょうか、僕が入院生活を送る羽目になったのです。 手術を終え、そろそろ麻酔から覚めようかという時に最初につぶやいたひと言は「あ-、建一さんとゴルフしたい……」だったそうです(笑)。 自分では記憶にないのですが、それを聞いた妻はたいそうあきれておりました。

昭和レトロと開場90年のコース

大分県豊後高田市の『昭和の町』。年間約40万人の来訪者を迎える観光スポットとなっている。

最近はホテルの料理顧問を務めたり、自治体から講師や料理考案の依頼を受けたりと、店以外でも仕事をする機会が増えました。一時期、縁あって定期的に通っていたのが福岡県の門司と大分県の豊後高田です。
地域振興の一環として地元食材を使った料理をプロデュースするのが主な役目で、朝一番のスターフライヤーで北九州空港に着いたらレンタカーでそれぞれの場所に向かい、夕方帰京するのがいつものパターン。行くたびに350㎞くらい走りまわっていたと思います。

豊後高田市は国東半島の北西部に位置し、西隣が宇佐神宮のある宇佐市。周防灘に面しています。かつては国東半島で最も栄えていたそうですが、近年はすっかり寂れてしまっていました。
それを何とか立て直そうと2001年にスタートしたのが昭和30年代の街並みを再現した『昭和の町』の取り組みです。そこはまるで映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の世界。私も月1回ペースで通い、およそ10年間にわたってメニューを考案したり、調理人に向けた講習会を開くなどして町の再興のお手伝いをしてきました。

左上=ボンネットバスが走る昭和の町のメインストリート。 右上=オート三輪などが並ぶ『昭和ロマン蔵』。左下=大分空港道路の楓江(ふうこう)大橋。 右下=田染荘(たしぶのしょう)。水田や周囲の景観を昔のままの姿で守り受け継いでいる。

九州に出かけるようになった当初は、もしかしたら仕事のあとでゴルフができるかも? と淡い期待を抱いていましたが、そう甘くはありませんでした。ただしイベントを開催する場合は別。イタリア料理の落合務さんや陳さん達に参加してもらうような大きなイベントがある時は、準備があるのでスケジュールの許す限り前日入りし、一緒にゴルフをする時間を捻出していました。

福岡県では若松ゴルフ倶楽部に行ったことがありました。いつものようにプレーファストで、せっかくなのでワンハーフ。県内でも指折りの歴史あるシーサイドコースを満喫しました。 歴史といえば大分県の別府ゴルフ倶楽部も忘れてはいけません。1930年開場と雲仙ゴルフ場に次いで九州で2番目に古いコースです。36ホールあり、フェアウェイに手作りコースのアンジュレーションが残るところもあって、海の景色と共に楽しめました。

世の中が落ち着いたらまた方々に出かけたいものです。その時はぜひ、愛車のナンバーに近いスコアでまわりたいと思っています。

別府ゴルフ倶楽部。九重連山や別府湾、天気のいい日は豊後水道まで見渡すことができる。

ちょっと寄り道 宇佐・高田・中津


宇佐神宮
全国に4万余りある八幡様の総本宮。約50万平方キロの境内は樹林や蓮池など自然豊か。散策もおすすめ。
長崎鼻
国東半島の先端にある岬。アート鑑賞やキャンプなどの施設が揃い、夏はおよそ140万本のひまわりが咲き誇る。
真玉海岸(またまかいがん)
干潮と日の入りが重なる時間帯に美しい縞模様が浮かび上がる。国の登録記念物、日本の夕陽百選。
豊後高田そば
豊後高田は西日本を代表するそばの産地。新そばの時期は7月と11月の年2回。
一目八景(ひとめはっけい)
名勝・耶馬溪(やばけい)を代表する絶景スポット。展望台から周囲の岩峰群を一望できる。
鱧(はも)料理
中津は鱧の産地。市内の食事処では湯引きの他、天ぷらや鱧寿司など様々な料理を提供している。
Find Information
山武グリーンカントリー倶楽部
18H 6756Y P72
開場/1994年 設計・監修/安田幸吉、川村四郎
ほとんどのホールでティからピンフラッグを見通せるオーソドックスなレイアウト。
コースコンディションのよさに定評がある。
グリッサンドゴルフクラブ
18H 6848Y P72
開場/1991年 設計/小林光昭
過去にLPGA競技や日立3ツアーズ選手権を開催(旧ザ・プリビレッジゴルフクラブ)。6つの池が7ホールに絡み、造形美と戦略性を高めている。
鳳琳カントリー倶楽部
18H 7040Y P72
開場/1989年 設計/岩城亘太郎、大日本土木
コース内に枯山水や石組、池、滝などを配した岩城亘太郎氏晩年の大作。
豪華なハウス、ナイター照明付の練習場など施設も充実。
別府ゴルフ倶楽部【PGM】
18H 6864Y P72(鶴見C)・18H 6918Y P72(由布C)
開場/1930年
設計/島崎悦吉、福井覚治、伊藤長蔵
九州2番目の歴史を誇る大スケールの36ホール。
速見ICを降りて約100mでコース入り口とアクセス抜群。
宿泊施設も併設している。
ツーリズムおおいた
大分県観光情報の公式サイト。温泉情報もたっぷり。
豊後高田市観光協会
豊後高田の公式観光サイト。昭和の町の情報もこちらから。
中津耶馬渓観光協会
耶馬渓など中津市の情報はこちら。
新宿割烹 中嶋
公式HP。店舗情報の他、中嶋氏直伝の料理レシピや器の話など読み物としても楽しめる。
Pickup Item

不思議なもので帽子を新しくするだけで気分が高揚します。普段着用する機会が少ないからでしょうか。