2021.7.19

[vol. 044]

本物に会いに行く旅


旅するひと = 渡辺 新わたなべ しん

1966年生まれ。壹番館洋服店 代表取締役社長。東京・銀座に1930年から続くテーラーの創業家3代目。大学卒業後、英国とイタリアで洋服作りを学んだ後、同店に入社し、1997年より現職。銀座の振興活動に取り組み、茶の湯をはじめとする日本文化にも造詣が深い。著書に『銀座・資本論 21世紀の幸福な「商売」とはなにか?』(講談社+α新書)。ゴルフ歴25年、ベストスコア85。

ロンドン経由パースシャー行

スコットランド、パースシャーのグレンイーグルス・リゾート。

7月の今頃の時季になると、以前スコットランドを旅した時のことを思い出します。自己最多の3日間7ラウンドを憧れのコースで体験したこと、リンクスで感動や衝撃を受けたことなど、どれもが心に残り、その後の人生の肥やしにもなってくれた。実に意義深い旅でした。

同行者は地元銀座の長年の友人が2人。私は仕入れの仕事があった関係でひと足早くロンドンに入り、用事を済ませて合流することにしました。
スコットランドの玄関口、エディンバラまでは鉄道や航空機という選択肢もありましたが、私達は自由の利くクルマをチョイス。3人が交代でレンタカーを運転し、北に向かうことになりました。
目指すは3コース54ホールを有するゴルフリゾート、グレンイーグルス。ここを拠点に、全英オープン開催コースを巡ります。

右上はロンドン、メイフェア地区にあるサヴィル・ロウ。質の高い仕立屋が軒を連ねる通りとして知られ、長い歴史を誇っている。右下は観光スポットのロンドン・アイ(観覧車)。市の中心部は渋滞や規制が多いのでレンタカーでの移動は避けたほうが無難。

スコットランドでリゾートゴルフ

グレンイーグルスのPGAセンテナリーコース。2014年にライダーカップ、19年には女子の米欧対抗戦、ソルハイムカップが開催された。

古都エディンバラからさらに進むこと70㎞余り。グレンイーグルスはパースシャーの大自然の中にありました。スコットランドを代表するリゾートとしてすでに1世紀以上の歴史があり、ゴルフの施設だけでもインランドリンクスのキングスコース、低い灌木が生い茂るヒースランドのクイーンズコース、ニクラス設計のPGAセンテナリーコースの計3つのチャンピオンシップコースに加え、9ホールのパー3コースや練習施設、ゴルフスクールが揃っています。

私たちはリゾート内のホテルに3日間滞在し、朝一番でまず18ホール。昼食をとってからレンタカーを100kmほど走らせて今日はカーヌスティ、明日はオールドコースと夢のようなスケジュールを組んであり、すでに準備は万端です。

1919年開場のキングスコース(左上写真)では来年、全英シニアオープンを開催予定。下段はレストランとバー。リゾート内では乗馬、テニス、狩猟、釣りなども楽しめる。

オールドコースの洗礼

セントアンドリュース・オールドコース。2022年に第150回全英オープンの開催が予定されている。オールドコースでの全英開催はこれが30回目。

ロンドン近郊のゴルフコースは日本やアメリカに通じる部分もあり親しみを感じます。グレンイーグルスも手ごたえは十分でしたが、美しい景色を楽しむゆとりがまだありました。 しかし、セントアンドリュース・オールドコースやカーヌスティはまったくの別物。まるで違う競技をしているかのようでした。

まずどこに向かって打てばいいのか、運よくフェアウェイに運べてもどこからがグリーンなのかすらわかりません。アザミやハリエニシダのブッシュはテレビ中継で観ていた何倍も強力で、ボールがすぐそこに見えていても手出しは禁物です。
残り150ヤードをパターで寄せたこともありました。1人に1人ずつ付きっきりで面倒を見てくれたキャディさんが「このほうが大惨事にならずに済む」と教えてくれたからです。ウェッジでコツンと上げて、などと考えようものなら硬い地面にヘッドが跳ね返されたり、ボールが風に流されたりして「痛い目に遭う」とのことでした。

2ラウンド目を終えてもまだ日は高く、車を置いてひと休みしたらパブへと向かいます。地元の様々なビールを味わい、シメは中華料理を食べて翌朝に備える。これが私たちの習慣になっていきました。

上=スコットランド東海岸にあるカーヌスティ・ゴルフリンクス。1999年の全英オープンでバンデベルデの“悲劇”を演出、2018年の開催時は17万人を超えるギャラリーが押し寄せた。下=夜9時過ぎに日暮れを迎えるエディンバラの街と、地ビールがおいしいパブ。

リンクスが教えてくれたこと

セントアンドリュース・オールドコース。写真はボビー・ ジョーンズの功績を讃えて彼の名を冠した10番パー4。

リンクスでは「1日の中に四季がある」と言われる天候も経験しました。雨が降ってきたと思ったら突風が吹いて嵐になり、やがて急に日が射して、見渡す限り、うねるフェアウェイやマウンド群が姿を現します。

今は画像や動画で手軽に何でも見ることができますし、リンクスは夏でも寒いんだろうな、風は強いんだろうなと想像がつきますが、あの晴れ間の神々しい景色や凛とした空気、恐ろしいほど吹く強風や、風にも重たい風や硬い風があることは、自分の足でそこに立ち、全身で体感してみなければわからないとつくづく感じた旅でした。
バーチャルの技術が進めば進むほど、実際に体験することの価値は今後ますます高まっていくのかもしれません。

その昔、私はあるゴルフ工房の職人さんに会いに、列車を乗り継ぎ訪ねて行ったことがありました。ジャンルは違いますが物づくりに携わる者として、ぜひ話を聞いてみたくなったのです。
周囲に何もない山の中の工房の主は快く迎えてくれました。予定をオーバーして4時間ほど話し込んだでしょうか。人の持つ繊細なフィーリングを実際の寸法に落とし込み、形にすることの大切さを説いてくださいました。
やはり道を究めた方は、お話の内容はもちろんのこと、その場の空気に触れるだけでもシビれます。これこそが勉強。いい旅になりました。

私は常々、使い手の方の物語がより充実するためのお手伝いができればと考えています。例えばビジネスマンの方が、いい仕事ができてほっとひと息ついた時に、そういえば今日着ていたスーツはしっくりきていたな、着心地がよかったなと感じていただけたら、職人としてこれほどうれしいことはありません。

今も板場に立って寿司を握っている寿司職人や老舗バーでシェイカーを振っているバーテンダーなど、ここ銀座には職人であり、店を切り盛りする経営者でもある“職商人(しょくあきんど)”がたくさんいます。皆さんも機会があったらぜひこの職商人たちに会いにいらしてください。私も微力ながら銀座を盛り立てていけるようお手伝いを続けていきたいと思っています。

銀座歴史散歩

ショッピングの合間、銀座の歴史や文化に触れる散歩はいかがですか?



資生堂ギャラリー
1919(大正8)年オープン。現存する国内最古の画廊といわれ、現代美術を中心に紹介している。 写真は開催中の『第八次椿会 ツバキカイ8 このあたらしい世界』(~8月29日)。
セイコーミュージアム 銀座
時と時計の歴史を楽しみながら学べる博物館。創業者・服部金太郎の生誕160周年の2020年に銀座に移転オープン。館内には和光時計塔の文字板の原寸大レプリカも展示。事前予約制。
カフェーパウリスタ
1911(明治44)年開業。菊池寛ら文豪たちに愛され、芥川龍之介の小説にも登場する。銀ブラという言葉は「ここでブラジルコーヒーを飲みながら会話をすること」とする説がある。
ビヤホールライオン 銀座七丁目店
大日本麦酒本社ビルに1934年『銀座ビヤホール』として営業開始(設計/菅原栄蔵)。設備以外は手を加えず店内は当時のまま。壁のモザイク画やタイル、照明など見応えがある。
金春湯(こんぱるゆ)
1863(文久3)年開業の銭湯。屋号はかつてこの界隈に金春流の能役者の屋敷があったことから。浴場を彩る錦鯉や春秋花鳥のタイル絵は鈴栄堂製・章仙作の九谷焼。
豊岩稲荷神社
銀座7丁目の細い路地に建つ神社。明智光秀の家臣・安田作兵衛により祀られたという言い伝えが残る。徳川時代より火防神・縁結神として知られ、女性の参拝者も多い。
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グレンイーグルス
コース開場/1919年
設計/ジェイムス・ブレイド、ジャック・ニクラス
5つ星ホテルにキングス、クイーンズ、PGAセンテナリーの3コース54ホールを付帯。シックな調度のホテルにはスパやミシュラン2つ星を獲得したレストランも。
Visit Britain
英国旅行のための情報はこちらから。英国政府観光庁の日本語サイト。
東京 中央区観光ガイド
東京・中央区の観光情報公式サイト。エリア情報やイベント案内などが充実。
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ゴルフの聖地ともいえるイギリス・スコットランド。日常の中にゴルフを楽しむことが溶け込んでいて羨ましいですね。