2023.6.14

[vol. 058]

行くほど好きになれる場所


旅するひと=坂東彌十郎さん

ばんどう・やじゅうろう/1956年 東京都出身。歌舞伎俳優。銀幕の大スター初代坂東好太郎の三男に生まれ、73年初舞台。83年、三代目市川猿之助門下に入り15年間活動。猿之助演出のオペラ『コックドール』等の演出助手や坂東玉三郎の『夕鶴』の演出を務める。十八代目中村勘三郎との共演も多く、コクーン歌舞伎、平成中村座などに参加。2022年は『鎌倉殿の13人』(NHK)、『クロサギ』(TBS)のテレビドラマ出演でも話題を呼んだ。『六月大歌舞伎』(歌舞伎座)、『七月大歌舞伎』(大阪松竹座)、『八月納涼歌舞伎』(歌舞伎座)に出演。ゴルフ歴40年、ベストスコア89。

22回目のスイス

朝焼けのマッターホルン。山肌が徐々に赤く染まっていく様子は言葉を失うほどの美しさです(写真:本人提供)。

初めて行ったのになんだか肌に合う。旅をしているとそんな場所に出合うことがあります。僕の場合はスイスがそうでした。
最初は1985年。海外公演で2カ月間ヨーロッパ各地をまわっていた時に、チューリヒ公演のあとでなぜか5日間もスケジュールが空いたことがありました。そこで、みんなでグリンデルワルトに行ってみようということになったんです。

グリンデルワルトはアイガーとヴェッターホルンを間近に望む山間の村で、ユングフラウ観光の拠点になっています。僕はそれまでスキューバをやるくらいの海派だったのですが、雪山を背に緑のじゅうたんがどこまでも続く景色にいっぺんで魅了されてしまいました。ただそこにいるだけで気持ちがいい。そんな場所は初めてでした。

2度目のチャンスは94年にやってきました。坂東玉三郎さん主演の映画『書かれた顔』(ダニエル・シュミット監督・95年公開)に参加させていただいた時のことです。スタッフのほとんどがスイス人で、僕も以前行ったことがあり、グリンデルワルトがよかったと話したところ、「他にもいいところがいっぱいあるから来てごらん」と声をかけてくださったんです。

それまで一人旅は国内でも経験がなく、一度挑戦してみたいと思っていた僕はその仕事の後、早速、航空券を取り、公演が終わるや飛行機に飛び乗りました。
前の年にたまたまミュンヘンでオペラの演出助手をやっていたので、ミュンヘン空港からの移動であれば土地勘があります。迷うことなくミュンヘン経由のルートを選択しました。

ミュンヘンで降りて、ビールを飲んで1泊し、次の日は少し二日酔いでオーストリアのインスブルックを経由して、バスでスイスに入りました。初めての一人旅、『地球の歩き方』と『トーマス・クック』(ヨーロッパの鉄道の時刻表)の2冊だけが頼りです。
計画は万全でしたが旅にアクシデントはつきもの。乗るはずのバスがいなかった時は焦りました。辺りをウロウロしてもひと気がありません。結局、20分遅れて来たバスに乗り込むことができたのですが、あの時の気持ちと周りの景色は今も鮮明に覚えています。

ツェルマットで飲んだビールと名物料理のラクレット。旅先ではカメラをいつも持ち歩いています(写真:本人提供)。右端はトーマス・クックの古い時刻表。

この2度目の旅で僕のスイス好きはいよいよ本格化して毎年のように通うようになり、俳号も酔寿(スイス)と改めました(笑)。
実は家が近くたまにお会いするプロゴルファーの佐藤信人さんがいらっしゃるのですが、欧州ツアーに参戦していた時のお話をうかがって、スイスで拠点にしていらしたというクラン・モンタナが素晴らしかったと教えていただき、僕も何度か足を運びました。

最近では大きな街に立ち寄ることもなく、空港から地方の村に直行してトレッキングなどをして過ごしています。たいていは村の小さなホテルに投宿しますが、以前、標高2,500メートルの山の上にある4つ星ホテルに泊まったことがありました。マッターホルンが目の前にそびえるクラシックホテルで、とてもいい時間を過ごすことができました。

上:標高2,500メートルに位置するツェルマットの老舗ホテル『リッフェルハウス1853』。温かいジャクジーから眺めるマッターホルンもまた格別。下:標高3,100メートルの『3100クルムホテル ゴルナーグラード』。夜は客室の窓の外に満点の星空が広がります(写真:本人提供)。

スイスへは愛用のカメラと、あとは水着も必ず持参します。向こうは公営のプールもすごく設備がいいんです。グリンデルワルトなんて、大きなプールにサウナが3種類くらい付いていて、デッキチェアに寝そべれば目の前にアイガー! あれほど気持ちのいいプールはありません。

グリンデルワルトには知り合いの日本人の方達がいて、お友達と一緒に食事を楽しむ『グリンデル野獣会』を開いてくれます。彼らにもずっと会っていなかったので今年はそろそろと思っていましたが、この5月、およそ3年半ぶりにようやく行くことができました。

ただ、今はウクライナ情勢の影響で飛行ルートが変わり、フライト時間が2時間長くなっています。以前は東京からチューリッヒまで12時間半で行けたのが今は14時間半。機内では映画三昧を決め込んでいるのですが、片道2本観ていたのが3本に増えました。
着いたらそのまま山に直行するいつもの行程も到着時間が遅くなってできなくなりましたが、ともあれ久しぶりのスイスを満喫し、リフレッシュすることができました。これほど間隔が空いたことはなかったので禁断症状が出ていたところでした(笑)。

左:レマン湖地方の町、ヴヴェイでは今年もナルシス(水仙の一種)がきれいに咲いていました。真っ白な花が一面に咲き誇り、まるで雪原のように見えることから「五月の雪」と呼ばれています。右:ツェルマットで。スイス滞在中は早起きをして1日に何時間も歩くので、帰る頃には心身ともすっかり健康になっています(写真:本人提供)。

小淵沢で乗馬とゴルフを

八ヶ岳や南アルプス、富士山の景色を楽しめる小淵沢カントリークラブ。山梨県内では唯一、雨の日でもカートのフェアウェイ乗り入れOKのゴルフ場です。

国内では、最近は小淵沢が気に入っています。ここも山の景色を楽しめて空気がおいしいところ。標高が1,100メートル以上あるので夏もさらっと涼しく快適。ボールもいつもより飛ぶような気がします。

いつもプレーしている小淵沢カントリークラブは大きなリゾート施設の中にあり、他にもホテルや温泉などがいろいろと揃っています。世界でここだけというキース・ヘリングの美術館や、美術館のそばにあるステーキハウスは僕も大好き。ゆったり時間をかけて過ごすのがおすすめです。

上:ステーキと山梨ワインの『カントリーレストラン キースプリング』。下:キース・へリングの作品を扱う世界唯一の美術館『中村キース・ヘリング美術館』。どちらも小淵沢CCのある『小淵沢アートアンドウエルネス』内の施設。

昨年の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に出演するため乗馬の練習をすることになった時、紹介された乗馬クラブの場所が小淵沢カントリークラブのすぐそばだったんです。いつもプレーしているホールの近くで馬に乗っているなんて、不思議なご縁だなあと思いながら稽古をし、せっかくなので帰りにゴルフ場の支配人にお願いして、1人でちょっとラウンドさせてもらったこともありました。

この辺りは乗馬が盛んで、観光客の方も気楽に楽しむことができます。ゴルフ場で提携している乗馬クラブではトレッキング体験も可能で、武田信玄が軍事用に作ったといわれる『信玄の棒道』を馬に乗って散策することもできるそうです。

左:大河ドラマに備えて乗馬の練習中。中:夏もいいですが桜の頃の小淵沢もお勧めです。右:主催しているプライベートコンペで。名前は『彌十郎』ならぬ『野獣郎カップ』と申します。

勘三郎さんと真剣勝負

「太陽の谷」の愛称を持つアリゾナ州フェニックス。大自然の中にワールドクラスのゴルフリゾートやカジノなどの娯楽施設がいくつも点在しています。

ゴルフを始めたのは20代前半の頃、坂東三津五郎さん(十代目)に練習場に連れて行ってもらったのが最初でした。本格的にやるようになったのは30を過ぎてからでしたが、見様見真似の自己流で、レッスン書を読み漁っては近所の東京ジャンボゴルフセンターに家族を連れて行き、食事をさせている間に僕だけ何百球も打っていました。

年齢が近かったこともあって勘三郎さん(十八代目中村勘三郎さん 1955-2012)には若い頃から仲良くしていただきました。ゴルフを始めたのも20代の同じ頃。そのうち2人とも夢中になって、公演後にナイターゴルフをしに行ったこともあります。永久スクラッチの誓いを立てた、真のライバルというべき存在でした。

勘三郎さんがゴルフのためにアリゾナ州のスコッツデールに別荘を買われた時に「見せてやりたいから来いよ」とお誘いがあり、何度かうかがったことがありました。砂漠の中の、ゴルフコースと邸宅が一緒になった巨大なプライベートクラブです。
それは素晴らしいところでしたが、でも行くたびにゴルフ場で喧嘩になるんです(笑)。

勘三郎さんはゴルフ場に別荘を買うほどの入れ込みようですから、すでに上級者クラス。ところが僕とやるとなぜかいつもいい勝負になるんです。最初は「お前はもう全然相手にならないなあ」と言っていたのが、そのうちどうも調子がおかしくなってくる。特にバンカーがとても苦手で、僕の目の前でなぜかよくつかまってしまいます。

すると突然、「お前、出なきゃいいと思ってるだろ」というようなことをおっしゃる(笑)。芝居ではひと言も逆らえないような方ですが、ゴルフとなると話は別ですから、「そんなこと思ってないですよ、何言ってるんですか」と僕も言い返します。「まったくもう!」とやり合う様子を周りの人達が面白そうに見て笑ってる。サボテンと砂漠の中で、そんなゴルフをしていました。

巨大なサワロ(サボテン)と砂漠の景色の中をプレーするゴルフ天国スコッツデール。高さ10メートル近くにもなるサワロには無数のロストボールが。

勘三郎さんとはヨーロッパ公演の時はベルリンで、アメリカ公演の時はニューヨークやワシントンD.C.でもゴルフをしました。ベルリンで行ったのは郊外の、周りには本当に何もないようなゴルフ場でしたが、そんなところでも勘三郎さんはキャディバッグを持参して、それは楽しそうにラウンドします。事前に現地のゴルフ場を探してあるんです。
少しでも時間が空いて行けるとなったら「行くぞ」とお声がかかるので、僕のほうも常に準備をしておく必要がありました。

僕がベストスコアの89をレイク相模で出した時も勘三郎さんと一緒でした。初めて出した80台を自分のことのように喜んでくれた。そんな楽しい思い出がいっぱいあります。
ご一緒することはできなかったけれど勘三郎さんから何度も話を聞いていたスコットランドのゴルフ場に、いつかは僕も行けたらいいなと思っています。

アリゾナ滞在中はフェニックスのHiro Sushiというお寿司屋さんによく行きました。ボリュームがあって美味しいと評判のお店です。ちなみに店主のヒロさんもゴルフが上手。勘三郎さんのライバルでした。

スイス旅 ミニ情報
おすすめ絶景鉄道
  • ベルニナ・エクスプレス
    パノラマ展望車両で高低差約1800mをわずか約2時間で駆け抜け、アルプスの峠を越える絶景ルート。途中、高さ65mのランドヴァッサー高架橋など196の橋と55のトンネルを通過する。
  • グレッシャー・エクスプレス(氷河特急)
    ツェルマットとサン・モリッツを結ぶ人気の観光列車。最新のパノラマ展望車両で291kmのルートを約8時間かけて運行、平均時速34kmの「世界一遅い特急」とも呼ばれている。
  • ゴールデンパス・エクスプレス
    アルプス観光の拠点インターラーケンとレマン湖畔のモントルー、2つの観光地を結ぶ人気のルートに新型展望列車を導入、乗り換えも不要に。6月中旬から1日最大4便に増便される。
  • ゴッタルド・パノラマ・エクスプレス
    クラシックな外輪蒸気船でルツェルン湖をクルーズした後、列車に乗り換え。アルプス越えの名所ゴッタルド峠を抜けて世界遺産の町ベリンツォーナに向かう特別パッケージルート(南から北へのルートもあり)。
  • ルツェルン=インターラーケン・エクスプレス
    中世の街並が美しい古都ルツェルンから数々の湖や滝を眺め、スイッチバックでブリュニック峠を越えてアルプスの玄関口インターラーケンまで。98kmを約2時間で結ぶパノラマルート。
  • 鉄道旅行に必携『スイストラベルパス』
    主な鉄道、バス、湖船、都市交通が乗り放題で利用できるオールインワンパス。全国約500カ所の美術館・博物館が無料になる特典も。期間は連続する3日、4日、6日、8日、15日の4種類。
Find Information
スイス政府観光局
基本情報、人気スポットガイド、イベント案内などスイス観光に関する情報が充実。
小淵沢カントリークラブ
18H 6859Y P72
開場/1989年
設計/安田幸吉
八ヶ岳南麓に広がる林間コース。山岳地にありながら高低差が少なくフェアウェイ広々。全天候で乗用カートの乗り入れが可能。
Visit Phoenix
アリゾナ州フェニックスの旅情報はこちら。
Hiro Sushi
土地柄、メジャーリーガーもたびたび訪れるアリゾナ州スコッツデールの寿司店。一品料理や麺類などのメニューも人気。
Pickup Item
スイスには何度か訪れていますが、あの空気の澄んだ風景は小淵沢に通じるものがあるのかもしれませんね。