2021.9.30

[Part. 02]

心に残るゴルフの一冊 第2回


『最高の人生の見つけ方』オーガスタ伝説のキャディーマスター、
フレディが僕に教えてくれたこと
トリップ・ボウデン著、東江一紀訳

当コラム「心に残るゴルフの一冊」の2冊目は、『最高の人生の見つけ方』。何だか自己啓発本のようなタイトルだが、副題にあるように、マスターズの舞台となるオーガスタナショ ナルのキャディマスターとひとりの少年との心温まる物語である。原著のタイトルは『Freddie & Me』で、伝説のキャディマスターであるフレディ・ベネットと著者であるトリッ プ・ボウデンとの20年に渡る交流記である。

この物語の面白さはフレディの様々な教えによって、普通の少年がしっかりとした大人に成長するところにある。フレディの教えは奥深く人間愛に満ちている。彼はゴルフというも のを通じて、人生に必要な様々なことを教えていく。
フレディの機知に富んだ台詞やジョークの数々は思わず苦笑いが出てしまうし、ゴルフと人生のレッスンはまさにその通りと心の奥底に蓄積されていく。フレディの言うことを守り さえすれば、未来は開けると信じることができる。トリップはフレディが亡くなったとき、「命の恩人」であることを改めて気付くのだ。
よってこの本は自己啓発本といってもよいのだが、ゴルフを知らない人にとってはわからないことばかりだろう。しかし、ゴルフをやっている人にとっては非常に面白く有益 な本である。私は再読してみて、松山英樹選手が制したマスターズとオーガスタの裏側がこれほど上手に書かれていたことを忘れていて、それもまた今回、とても興味深く読ませて もらった。
では、この本がどれほどの魅力を備えているかを、少し紹介していきたいと思う。

釣りから教えるゴルフの第一歩

トリップがフレディと初めて出会うのは10歳のとき。フレディの主治医がトリップの父であることから、少年の家を訪ねてきたのだ。
フレディは190cmを超す大男で腕はポパイのように太い。白いポロシャツはトリプルXLという特大サイズ。黒い肌によく似合う。口ひげを蓄え、低い声で話し、豪快に笑う。そし て、戸口に立つトリップに、大きな手で柔らかく温かい手で握手をするのだ。
「やあ、フレディだ。主治医はご在宅かな?」
このときの握手と言葉をトリップは永遠に忘れられない。自分の人生を決めた人との出会いだからだ。フレディは次にこう言う。
「なあ、大将、入ってもいいかな」
フレディはトリップのことを「大将」と呼び、それは彼が死ぬまで続く。原著では「man」と書かれている。「boyでなく「man」。フレディは少年をひとりの大人として扱うのだ。 故に「なあ大将」は「Hey, man」と書かれている。いきなり、フレディの人柄に触れてしまうシーンである。ちなみに「You da man!」は「おお、男だねえ!」となる褒め言葉 だが、これはフレディを知る人なら彼に言いたい台詞になるだろう。
フレディの訪問の真意はわからないが、おそらくゴルフ好きでオーガスタのメンバーになった父親が、息子のトリップにゴルフを習わせたいがどうしたらいいかの相談に乗るためだ ったと思われる。そして、フレディはどうトリップに言ったかといえば、それは「釣りに行こう」だった。少年はゴルフに興味はないが釣りは大好きだったのだ。
こうしてフレディはトリップを「世界一の釣り場」と保証する、オーガスタナショナルの池に連れて行くのだ。その途中でフレディは少年に言う。
「俺はフレディさんじゃない。フレディだ。君もただのトリップだろ」
親子以上の歳の差があるのに、このときから二人は同等の友達となる。それがオーガスタに足を踏み入れた人間のルールなのだと教えたかったに違いない。
「オーガスタではどんな人もただの人間になる」というのがフレディの考えだったからだ。社会的な地位も肩書きも脱ぎ捨てて、少年のようにゴルフをすること。それこそがゴルフ の醍醐味であるというわけなのだ。
E-Z-GOのカートでパー3コースにある大池に到着。針に大ミミズをつけた竹竿を池に放り込むとすぐさま大きな鯉が釣れる。入れ食いである。釣った獲物は次々とクーラーボックス へ放り込まれる。そのうち、釣り竿の持ち方についてフレディから指導が入る。
「竿を体の前で持って突き出す。人差し指と親指以外の指を全部離す。その指だけでしっかりと握り、魚を引き寄せ、引っ張り上げるんだ!」
言われたようにやり、必死に鯉を釣り上げるトリップ。絶対に無理だと思ったことがやれて驚く。
フレディはご満悦である。
「それがゴルフで必要なグリップになる」
そういうわけである。
さらに別の日、今度はアイゼンハワー大統領が作らせたという「アイクの池」で釣りをしたあと、フレディは「準備ができたみたいだな」と言って、トリップをパー3コース の4番ホールに連れて行く。
「よし、大将。成果を見せてもらおうか。やってみよう!」
やってみたこともないのに、嫌いだとは言わせない。「食わず嫌いはフレディの辞書にはない。フレディはトリップにウェッジを渡し、ティグラウンドに落としたボールを指差す。
「釣りをするときに教えた握りでクラブを握る。後ろに引いて振り抜くだけ。ゴルフなんて難しいものじゃない」
「できるかなあ。だって生まれて初めてだよ」
「何百回もその握りで釣ってきた。自分を生まれながらのスイング名人と思ってやってみるんだ」
さて、どんな初ショットが生まれたのか。それは読んでのお楽しみということで。

初めてのマスターズとフレディのオフィス

初めてのショット以来、トリップはゴルフ好きとなる。とある日、フレディが真夏にクリスマスプレゼントを持ってくる。ウォルター・ヘーゲンのクラブセットとマスターズの公式 練習用ボール、そしてオーガスタのロゴ入り手袋である。
驚く少年に向かってフレディは呟く。
「ヘーゲンは世界一のマッチプレーヤーだった。頭でゴルフをする連中は多いがヘーゲンは心でゴルフをする」
クラブは工場直送の新品。ジュニア用のクラブだが、軟鉄鍛造のマッスルバック。本物のプロのクラブだ。小さなヘッドの本物で練習すれば必ず上手くなれるというわけだ。
練習用のボールは選手が打ったもの。だから草の匂いがし、カバーには緑の線とプロゴルファーの名前が入っている。マスターズでは出場選手に敬意を表して、名前を記したボール を渡していたことがわかる。凄い!こんなボールが手に入ったら、私なら打たずに飾っておくのだが。
とはいえ、ゴルフシューズはプレゼントしない。フレディは言う。
「シューズはハーフで50を切ったときにもらえる。50を切れば、本気でゴルフをやるという証になる」
トリップは「了解」し、母親には「ゴルフに気持ちを注ぐこと」と言って戸口から出て行ったのである。
こうしてたったひとりでゴルフコースを周り、腕を上げていったトリップ。その翌年には父親に連れられてマスターズを観戦する。

練習日にコースを訪れた親子はクラブハウス前にある、ボビー・ジョーンズの日時計の横に立つ。日時計にはジョーンズの小さな像が立っている。派手なことが嫌いだったジョーン ズのためにわざと小さなモニュメントとなっている。父親はジョーンズの人となりを説明をしたあと、あることを言う。
「ここから遠くに2番ホールのグリーンがぼんやり見えるだろう。485ヤードある。ある人間がトニーペナの古びたドライバーで古びたタイトリストのボールを打ったんだ。素振りも せずに。しかもスリッパで」
そのショットは2番グリーンに乗り、あと少しでカップに入るところだった。そんなことができた人間は誰か?
「フレディさ」と父親。5年ぶりのショットだったという。だからこそ、フレディは伝説のキャディマスターと呼ばれるのである。
父は息子に言う。
「さあ、神話の世界の住人に会いに行こう」
目指すはフレディの秘密基地、オーガスタの舞台裏、キャディマスターのオフィスである。

プロによる初レッスンはマスターズ最終日翌日
トリップが初めてマスターズを観戦した1977年は、後に新帝王と呼ばれるトム・ワトソンが、現帝王として君臨していたジャック・ニクラウスを2打差で破って優勝した年だった。 その記念すべき初優勝の翌日の月曜に、少年はフレディに呼ばれ、コース所属のアシスタントプロ、マイク・シャノンにレッスンを付けてもらったのである。「ちょいと魔法をかけ てやってくれ」とフレディがマイクに頼む。
マイクは少年が手にしている一人前のクラブに驚くとともに、足下がテニスシューズであることにも驚く。
「50を切るまでは買ってもらえないんだ」
マイクはそれだけではないことを見抜いていたと私は思う。つまり、テニスシューズでもしっかり打てれば、下半身を安定させるスイングができた証拠。スパイクに頼らないグッド スイング。フレディは自分のスリッパでのスイングと同じことを少年に学ばせようとしていたと推測する。
マイクは少年に尋ねる。
「気の利いたグリップができるらしいね。見せてもらおう」
少年のグリップを見たマイクは言う。
「ほう、ベン・ホーガンのようなグリップだ」
少年は言う。
「うん、釣り竿で教わったんだ。フレディからね」
マイクが唸る。
「ことフレディ・ベネットに関しては何を聞いても驚かない。今は、もう」
さっそく少年がボールを打つ。持つクラブは7番アイアン。ティアップしている。しかし、マイクの前でいいところを見せようとした少年のショットはチョロばかり。マイクは足の位 置がボールに近すぎることをすぐさま見抜く。
スタンスを調整するマイク。
「バスケット選手の守備の体勢。腰を入れて構える。肩の力を抜いてボールを飛ばすんだ」
すると、ボールは釣り鐘みたいな軌道を描いて、遙か先のグリーンに乗る。
「やったあ!」
喜びのあまり倒れそうになるトリップ。
笑みが広がるマイク。
「なあ、坊や。ハーヴィー・ペニックって男の名前を聞いたことはあるかな?」
プロによる初レッスンの項はここで文章が終わる。
なぜなら、アメリカのゴルファーならば、レッスンの神様、ペニックの名を知らない人はいないからだ。マイクは何と、神様の弟子であったのだ。
つまり、トリップがナイスショットできた魔法は、ペニックさんの教えでもあったのである。
もしも、このコラムを読んでいる人でハーヴィー・ペニックを知らなかったら、ぜひとも『ハーヴィー・ペニックのレッド・ブック』((日経ビジネス人文庫)を読んでいただきた い。本物のレッスンを読むことができる、と、この本を訳した私が言うのもおかしなものだが‥‥。

少年はオーガスタのキャディになる。そして未来は

ゴルフの虜になったトリップは腕を上げるとともに、フレディの好意でマスターズ本番のフォアキャディをすることになる。14歳のときだ。フレディのオフィスに入ることができ、 この年優勝するセベ・バレステロスやアーノルド・パーマーを目の前で見ることになる。トッププロが次々とフレディの部屋を訪れ、グリップを交換してもらったり、クラブを調整 してもらったりする。ツアープロが抱くフレディへの厚い信頼は驚愕に値するものであることがわかる。
やがてトリップはハイスクールを終え、大学も卒業する。ゴルフには変わらずに精魂を傾け、いずれもチームの代表選手になる。プレーの信条もフレディの教えだ。
「パットができなきゃ、ゴルフはできない。なぜなら、ゴルフはカップにボールを入れるゲームだからだ。それが肝になる。パターをイエス様と思えばいい。身を委ね、心を傾けれ ば、きっとすべての罪を赦してくれる。信義を尽くせば報いてくれる」
さらにフレディはこうも言う。
「ゴルフ界で一番の飛ばし屋にはなれなくとも、一番のパター打ちにはなれる。なれない理由はない」
確かにその通りである。スコアはパットで決まる。パターは子供だってできる。それも、子供は天才的なタッチで打つことができる。大人になってもそのタッチがあれば、スコアは 自ずとよくなる。
「パットを制したものは世界を制す」である。
そのためにトリップは生まれて初めて習ったプロ、マイク・シャノンの下へ行く。ここで丸一週間、パットとアプローチに精を出す。
毎日1mのパットを連続50回入れたら、2mのパットを連続10回、さらに3mを連続2回、6mを1回入れたら、バンカーに進む。バンカーをチップインするまで行うのだ。できなけれ ば明日に持ち越しとなる。しかしたったこれだけのことで、トリップは自己ベストの74を出すのだ。80を切るのが精一杯の選手が、パットと砂遊びを得意技とし、すぐにパープレー でも回れるようになるのである。
ところが哀しいかな、大学時代にプロツアーに挑戦できるほどの実力は身につかなかった。しかし、少年の頃からの夢、プロゴルファーになるという夢は捨てられない。それだけに まともな就職ができない。
ゴルフの他にやりたいものが見つからないのだ。
ぼんやり過ごしていると、フレディが声をかける。
「オーガスタのキャディをやらないか。10月第3週から翌年5月第3週まで。今度はアルバイトではない。日の出から日の入りまで週に7日。これはマジな話だ」
トリップは驚く。考えてもみなかったことだからだ。しかし、フレディには考えがあった。
「キャディをやることで、答えが見つかるかもしれない」
オーガスタには世界中の名士が集まる。大企業のCEOが目白押しにやってくる。彼らがキャディのトリップに目をとめたら。きっと未来が開ける。そう、フレディは思うのである。
こうしてトリップはオーガスタで初の白人キャディとなる。フレディの言いつけ通りに1日も休まず、真面目に働く。最初は黒人キャディから医者の息子ということで「チビ先生(リ トルドク)」と呼ばれ、「白人坊や(ホワイトボーイ)」とからかわれてもいたが、やがてグリーンを覚え、的確なクラブを選び、フレディ仕込みの気の利いたジョークを飛ばし て、メンバーのお気に入りキャディに昇格、キャディ仲間から一目置かれるようになる。
そうした3年目、トリップは大金持ちの理事長に気に入られ、スカウトされる。仕事は理事長の身の回りの世話をする御付きである。高給と世界旅行と王侯貴族の暮らしを保証され る。しかし、ボウデンは即答できずにその仕事を棒に振る。とともに素晴らしいチップをもらえる理事長付のキャディの仕事も失う。とはいえ、そのときのトリップにはそれが正直 な気持ちだったのだ。
「その仕事がしたいことではない」
こうしてキャディ4年目が始まる。25歳となっていたトリップは、アメリカ最大の広告代理店、マッキャンエリクソンのCEOの目にとまり、コピーライターにならないかと誘いを受け るのだ。それはトリップの憧れの仕事でもあった。恐れおののくものの、フレディの励ましにより、花のニューヨークに行く。苦汁を舐めながらもいっぱしのコピーライターにな り、地元に戻り会社を興す。
その会社が成功し、トリップはハイスクール時代からのガールフレンドと結婚、子供も生まれ、幸せを噛み締めていたとき、フレディが天国に召される。忙しさにかまけて会いに行 っていなかったことを悔やむトリップ。今の自分を育ててくれた恩人が死んだ。しかし、死んだからこそ、トリップにとって、フレディは永遠の人となったのである。このコラムを 読んだ皆さん。あなたにはフレディのような人がいますか?もしいないのだとすれば、あなたがフレディになることです。

※カギ括弧の言葉は本を忠実に引用していません。この原稿のためにリライトしています。
※この本は新刊ではないため、アマゾンなどで中古本として購入することができます。版元は日本実業出版社。

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)