2024.3.14

[vol. 32]

心に残るゴルフの一冊 第32回


『ゴルフレッスンの神様
ハーヴィー・ペニックのレッド・ブック』
ハーヴィー・ペニック&バド・シュレイク著 
本條強訳 日経ビジネス人文庫
全世界で100万人以上が読んだ
伝説のレッスン書

 ゴルフほど単純なのに上達するのが難しいスポーツはないだろう。何百年も前に羊飼いが棒きれで石ころをウサギの穴に入れたことがゴルフの起源と言われている。そんな寓話とも思える遊びがやがてゴルフになった。棒がクラブになり、石がボールになったが、羊飼いの遊びと大して変わらない。ゴルフが競技となって25年経った今も基本的には同じである。そして、今も尚、ボールを上手に打つことは難しいのである。
 最初は空振りだってあるし、練習したってボールは右や左に飛ぶし、地面を打ったりボールの頭を叩いたり。スコアだって何年プレーしても100を切るのがやっという有様。少しでも上達したいとゴルフコーチに習い、レッスンを受け、動画を見たり本を読んだりもする。それでもなかなか上手くなれないから、本は次々と世に出る。どこかに上達のヒントはないものか。そう思っているあなた、この本こそ福音書と呼べるものがたった1冊だけ存在する。まさに迷えるゴルファーの悩みを救済するゴルフの聖書。
 それが今回紹介する永遠のゴルフレッスン書『ハーヴィー・ペニックのレッド・ブック』である。ハーヴィー・ペニックさんは1905年アメリカのテキサス州オースチンに生まれてプロゴルファーとなった人。バイロン・ネルソンやベン・ホーガンらとPGAツアーで戦い、やがてサム・スニードが出現してその凄い飛距離に驚いてもはや自分の時代ではないとティーチングプロに転向、アメリカ史上初の本格的なゴルフコーチとなった。

 他人を思う気持ちが人一倍強かったペニックさんは生徒に最も効果のある教えを導き出して教えた人で、レッスンの神様と讃えられた。幼い頃にキャディをやってプロとなったオースチンカントリークラブの所属プロであり、そこで初めてクラブを握る人から、プロを目指す人、トッププロまで分け隔てなく教えた人でもある。それ故に彼を慕う人は多く、信頼され、尊敬されたゴルフコーチだ。
 ペニックさんはテキサス大学のゴルフコーチも勤め、全米南西地区で23年間のうち20年も優勝校にしている。教え子たちは世界ゴルフ殿堂入りをしている者も多く、マスターズチャンピオンのベン・クレンショーや全米オープンチャンピオンとなったトム・カイトを育て上げ、全米女子オープンを制覇したベッツィ・ロールズやミッキー・ライト、全米女子プロ優勝のキャシー・ウィットワースもペニックさんの教え子である。ペニックさんがどんな先生だったかを彼らはこの本の中で綴っている。
 彼らの話も興味深いが、この本の素晴らしいのは何と言ってもペニックさんの教えの数々。ペニックさんは生徒一人ひとりに最善の指導をした人だから、その教えは画一的ではなく、型にはめるようなことはまったくやらない。自由自在のマンツーマン指導であった。その60年以上に渡る様々な教えを小さな赤いノートに書き残した。ペニックさん自体、教えに困ったときにはそのノートを振り返って見てヒントをつかもうとしたわけだが、ノートに書かれたことはまさに教えの宝庫だった。この本はその赤いノートからペニックさんがこれならば万人に共通する教えだと思われるものだけを厳選してまとめたものだ。だからこそ永遠の教えだとも言えるのである。

 私は30年前にこの本をたまたま翻訳することになった。マガジンハウス書籍部の方から依頼されたのだ。その頃の私は『BAFFY』という若者向けゴルフ雑誌の編集長をやっていた。若い人向けだから技術的には100切りの内容の雑誌で、ならばこの本にぴったりの訳者になるというわけで、翻訳を引き受けることになった。そしてこの本を訳していけば行くほど、ペニックさんの優しく真摯な人柄に触れ、わかりやすく誰もができる基本的な内容に驚かされた。それも一つ一つの教えが簡潔でコラム的になっているから読みやすい。目から鱗が落ちるレッスンだった。
 冒頭のコラムは「ゴルフの薬は、効きすぎるので要注意」というもの。上手くなりたいと教えを請うのもいいが、教えられた内容が気になって過剰にそれを意識することにもなる。こうなるとかえって逆効果。せっかく良いことを教わったのに下手になってしまうことにもなる。皆さんだって心当たりがあるでしょう。なので、ペニックさんはこれからいろいろ教えますが、どれもこれも効きすぎないように少しだけ参考にしてくださいねと釘を刺しているのである。
「子供や初心者は、カップ周辺から学ぶこと」という教えもある。ゴルフを始めると誰もがドライバーを打ちたくなる。思い切り振ってボールが遠くに飛んだときの快感はとてつもなく大きい。だからどうしても練習はドライバーショットばかりになる。しかし、そんな人は何年やっても上達はしないと先生は言い切るのだ。まずはグリーン周りから練習せよ。それもチッピングクラブ1本とパター1本、ボール1個だけを持って練習グリーンに行けという。
 グリーンの外側にボールを1個置き、例えば7番アイアンなどで転がす。ボールがグリーンに乗ったら、パターでカップインさせる。それを繰り返し行うのである。この練習ではボールをたくさん置いてアプローチだけをやるなんてことはしない。なぜなら、1打1打を大切にし、それがスコアにつながることを学ぶことになるからである。アメリカのレッスンプロは皆、ショートゲームから教えるけれど、これはペニックさんの教えが浸透しているからかもしれない。
 そしてこのことは「ショートゲームの練習こそ、スコアを5つ縮める方法」というコラムにつながる。スコアがなかなか縮まらないという人は、ここでの内容をしっかり胸に刻むことだ。ペニックさんは言う。「2週間、練習時間の90%をチップとパットに費やし、残りの10%だけをフルスイングにすること。こうすれば95のスコアは必ず90になるはず。私が保証しましょう」。この練習法はスコアが高い人ほど効果があるというのだから、100が切れない人はショートゲームの練習だけで100切りを達成できると言ってもよいだろう。

 ちなみに日本では練習グリーンでアプローチを禁じているゴルフコースが多いが、それがゴルファーの上達を妨げている。今や日本でも子供がゴルフをする時代、練習グリーンでのアプローチ練習は解放するべきだと私は思う。現にプロトーナメントではどんなコースでも練習グリーンでのアプローチを許可している。ショートゲームが上手になれば早くプレーすることになるから、今より多くの人がプレーでき、ゴルフ場は儲かることになる。メンバーの皆さん、ホームコースでの練習グリーンのアプローチ開放を訴えてみてはいかがでしょう。
 この本にはこうしたコラムが全部で88個ある。すべてを読んでペニックさんの言うように練習すれば、誰でもあっという間に上達できるだろう。ペニックさんはこのとき88歳、急がないと会えなくなってしまうと、私はテキサスまで飛んで行った。1993年春のことである。ヒューストンからクルマで2時間ぶっ飛ばして、ようやくオースチンカントリークラブに到着。ペニックさんの息子ティンズリーが出迎えてくれ、さっそく父親を呼び出してくれた。
 ペニックさんは看護婦に連れられて車いすでやってきた。本を書いたバド・シュレイクさんもにこやかに付き添っていた。挨拶をして、本を日本語に翻訳していることを告げた。ペニックさんは言った。「誰でもわかるようにできるだけやさしい言葉を使ってください」と。そしてもう一つ、「文章を説明するためのイラストや写真は入れないでください」と。それは写真やイラストを入れると読む人のイメージが固定してしまうから。自分の教えは文字を読んでそこから感じるイメージを大事にして練習して欲しいというわけである。

 あなただけのイメージで、考えながら工夫しながら、自分のものにしてほしいとペニックさんは考えていた。まさにその通り、原書にはイラストや写真は1枚もなかった。私は「わかりました。その通りにします」と約束した。ペニックさんの本は『奇跡のゴルフレッスン』のタイトルで1993年の夏、マガジンハウスから出版された。
 それから12年後の2005年に日本経済新聞出版社から『ハーヴィー・ペニックのレッド・ブック』のタイトルで文庫本となりリバイバル刊行された。この本には私がペニックさんにお会いしたときのことが新たに加えられている。レッスンの内容はまったく変わらず、今も尚、悩めるゴルファーたちの福音書そのものである。「永遠のレッスン書」と私が謳ったことは完全なる真実であると今も確信している。
(了)

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)

※本書は2005年に刊行されました。amazonや古本屋などで新品及び中古本を買うことができます。