2021.11.11

[vol. 03]

心に残るゴルフの一冊 第3回


『ゴルファー シャーロック・ホームズの冒険』
ボブ・ジョーンズ著、永田実訳

この本は皆さんもご存知のシャーロック・ホームズが、実は大変に腕の立つゴルファーだったという仮説から成立させた第一線級の娯楽小説である。初めて読んだときもこんな面白いゴルフ小説がこの世にあったのかと感銘を受けたが、久しぶりに読み直してみて、「ホームズ命」のシャーロキアンも膝を打つほど、ホームズシリーズの小説を巧みに生かして書かれていることに敬服してしまう。ホームズがゴルフに関わる事件を解決するミステリードラマとしても痛快で楽しい。
作者は球聖ボビー・ジョーンズが家族と友人たちが用いたファーストネームであるボブを名乗るボブ・ジョーンズ。彼はゴルフ収集家協会のメンバーでアメリカ人でありながら英国ゴルフ史にも詳しく、『英国ゴルフオデッセイ』を上梓している。シャーロック・ホームズはコナン・ドイルが19世紀に生み出した諮問探偵であるからして、この時代の英国ゴルフ事情を鑑みながらボブ・ジョーンズはゴルフ事件を作りだしてホームズに解決させていく。

ボブ・ジョーンズがホームズをゴルフ名人に仕立てたのは単なる空想ではない。根拠があるのだ。ひとつはコナンドイルが大のゴルフ好きでイングランド南部のサセックスにあるクロウバラ・ビーコン・ゴルフクラブでゴルフを生涯愉しんでいたこと。コースのすぐ近くに家を構え、ハンデ10の腕前であり、クラブの第16代キャプテンだった。ホームズはいわばドイルの分身であるだけに、十分ゴルフをやっていたはずだというわけである。
ふたつには、ホームズの趣味が挙げられる。彼はヴァイオリンの名手だったが、スポーツも好きでボクシングはプロ級であり、フェンシングや日本武術にも熟達していた。特筆すべきはシングルスティックプレーヤーであったという点で、これは片手で木刀を持って戦う古代フェンシングのような競技であるが、ボブ・ジョーンズはこのシングルスティックは実はゴルフの隠れ蓑、腕利きのゴルファーであることを公にすれば探偵家業に差し障りがあるためにあえて伏せ、このスポーツの名手ということにしていたと解釈した。
探偵家業は危険が伴う仕事。恋人や仲間などが危険に巻き込まれないために、自分の顔が世間に知られることを怖れたというわけである。しかし、好きなゴルフはやめられず、表には出ないマッチプレーによる賭けゴルフ専門のプレーヤーだったという設定になっている。

賭けゴルフはまさに「裏家業」という感じでイメージは良くないが、元々ゴルフはマッチプレーでの賭けゲームだった。貴族同志がホールごとの勝負を争うだけでなく、それぞれのキャディを戦わせることもあったし、キャディと組んで対決することもあった。いずれも賭けゴルフが当たり前であり、観客もどちらが勝つかを賭ける。賭けることが英国人気質であり文化だと言ってもよく、それはホームズも言明しているし、それは現在もまったく変わらない。英国ではあらゆることが公で賭けの対象となり、ブックメーカーは全英オープンゴルフやウィンブルドンテニスまでも遡上に上げるのだ。
つまり、ボブ・ジェームズが想像したホームズの仕事は、表家業が諮問探偵であり、裏家業がゴルフだったというわけである。表の探偵業は有名なロンドンのベーカー街221Bが住処兼事務所であり、一緒に住む相棒はワトソン博士。裏のゴルフ業は元々住んでいた大英博物館東隣のモンタギュー街に住居があり、相棒はワトソンをホームズに紹介したスタンフォード医師である。スタンフォードはホームズのゴルフ友達でワトソンよりも古い付き合い。よって、この『ゴルフ シャーロックホームズの冒険』は探偵業を始める前からの物語となっている。ボブ・ジェームズはこれらのこと考え出したわけだが、この本では、1978年英国を旅行中にロンドン郊外にある某名門ゴルフ倶楽部に案内され、そこには秘密の個室があり、皇室殿下や19世紀政治家のアーサー・バルフォアと並んでシャーロック・ホームズの更衣室があった。更衣室にはホームズの革ケースがあり、中にゴルフ道具やゴルフ日誌、賭け金帳が存在していた。

門外不出のものだが、ゴルフ史家でもあるボブ・ジェームズならば特別にノートしてもよいという許可が下り、そこに記されていたことを元に、『ゴルフ シャーロックホームズの冒険』が書かれたというわけである。まさにホームズが実在の人物だったと思える絶妙な書きだし。この時点で読者は早くも好奇心を大きくそそられることだろう。
『ゴルフ シャーロックホームズの冒険』はゴルフコースにちなんだのか、18の物語で構成されている。最初の2つは先に述べたこの物語を書くに及んだ発端の話で、実際にゴルファーとしてのホームズが登場するのは3つめからである。その16の物語のうち、11が事件性を帯びたストーリーとなっている。いずれも解決しにくい難題がホームズのところへ持ち込まれ、賭けゴルフによって解決するというもの。解決が可能なのはホームズの腕前が大変に優れているからで、ケンブリッジ大学在学中に鍛えられたことが明かされる。
倒す相手はいずれも悪人で、詐欺まがいの賭けゴルフで不当な利益を挙げている人間がほとんど。この悪人に対してホームズはあるときは老人に変装して闘い、あるときは科学者ホームズによる創意工夫で勝利する。ゴルフクラブを手に抱えてプレーしていた時代にキャディバッグを発明したり、ガタパチャボールの時代に糸巻きボールを発明したりして、相手を倒していく。これらはゴルフ用品の発明の史実に照らし合わせているので、なるほどと思わせる。つまり19世紀後半のゴルフ史を元に物語が作られているのだ。名門コースがどのようだったのか、どんな人物がいたのか、皇室はどのように関わっているのか、ゴルフの歴史が学べるところもゴルフファンとしては面白い。
事件の舞台となるゴルフコースも名門が登場する。ロンドン郊外のウインブルドンゴルフクラブ、イングランド北東部のウェストワードホー!ことロイヤル・ノース・デボン倶楽部やホイレークことロイヤル・リバプールゴルフクラブ、イングランド南部のブライトン・エンド・ホーブなど。さらに領主の大邸宅のパッティングコースや名門コースのパッティングコースでのパットだけの戦いも見物である。

人物としては伝説のゴルファーであるオールド・トムことトム・モリスや、多くのゴルフ金言を残したホレス・ハッチンソン、やがてはゴルフ史の大家となる若きバーナード・ダーウィン、最後にはプリンス・オブ・ウェールズから直接依頼を受けるといったことにまでなる。
賭けゴルフに勝利して悪漢を退治する勧善懲悪のストーリーはアメリカ人の専売特許だが、英国人であるホームズもその主人公となるのだ。しかしホームズはゴルフの腕前によって悪漢を退治するだけでなく、表家業ともいえる探偵としての能力を遺憾なく発揮して問題を解決することもある。類い希なる観察眼と推理能力によって、謎に包まれたゴルフ場での殺人事件を解決。これによってホームズは政府や警察などから表家業の探偵業に依頼が殺到し、有名になって行くというわけである。もちろん、皇室からの信頼は絶大で、ビクトリア女王のお気に入り人物にもなるのだ。
また、この『ゴルフ シャーロックホームズの冒険』では、コナン・ドイルのホームズではほとんどなかった女性との恋愛も描かれている。その女性はスラッとした美人ゴルファーで、ホームズとミックスダブルスを組んだりする。相当に愛し合うのに、ホームズは生涯独身だった。その理由も明らかになる展開である。
さらにホームズが悪漢たちをゴルフの腕前で倒すには周到な準備と協力が必要であり、それは相棒でありゴルフの親友であるスタンフォード医師の存在が大きい。救聖ボビー・ジョーンズはゴルフ仲間こそ人生の宝であり、そのためにゴルフをしていると言っても過言ではないと述べているが、ホームズもまた然りである。ゴルフで培った友情を非常に重んじる。そこには嘘偽りのない真の付き合いがあり、ゴルフで芽生えた友情はやがて生涯の宝になるというわけだ。その友情は賭けゴルフや金銭的利益を遙かに凌ぐ純粋な宝だということも、この小説で作家のほうのボブ・ジョーンズも語っているのである。

このゴルフの宝であるホームズのゴルフでの友情は、彼が信頼する少年たちとの交流にも表れる。彼が住むモンタギュー街の貧しい子供たちをイレギュラーズと呼び、キャディやグリーンキーパーとして働いてもらい、一緒になって悪漢を倒すというわけだ。子供たちと一緒になっての悪漢倒しはとても愉しい。「ホームアローン」ではないが、大いに映画にもなる作品である。
ホームズのゴルフの腕前がどれほどのものだったかは、この物語を読んでいくうちに明らかになるが、それは全英オープンチャンピオンになってもおかしくないほどだった。もしも裏家業のゴルフを表家業にしていたとするならば、ゴルフ史に燦然と輝くゴルファーになったことは間違いない。このことを想像するのも楽しい。
というわけで今回の『ゴルフ シャーロックホームズの冒険』の紹介はここまでにとどめたいと思う。これまでの2冊よりも短くなってしまったが、これ以上書けばネタバレになって皆さんがこの本を面白く読めなくなってしまうだろう。ということで、あえて筆で置かさせていただきます。ぜひとも痛快なこのゴルフ小説をご一読ください。

※この本は1987年2月発刊のため、アマゾンなどの中古本で購入できます。版元はベースボール・マガジン社。

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)