2022.2.24

[Part. 07]

心に残るゴルフの一冊 第7回


『マスターズ』
ゴルフ「夢の祭典」に人はなぜ感動するのか?

本條強著 ちくま新書(筑摩書房刊)

ゴルフのグランドスラム大会の1つ、マスターズは今年86回目を迎える。メジャー大会の中でマスターズが最も好きだという人は多い。
冬が開けた早春の日本で、緑豊かで色鮮やかなオーガスタナショナルゴルフクラブ(GC)を目にするのは、とても嬉しいものだ。しかも、その華麗な舞台で世界の強豪プロたちが鎬を削り、信じ難いショットを次々に放って、筋書きのないドラマを演出するのだから堪らない。ゴルフを知らない人であっても昂奮してしまう、極上のエンターテインメントであるからだ。
今年のマスターズは世界の人たちだけでなく、日本人にとっては特別な意味を持つ。それは昨年、この大会を松山英樹選手が日本人として初制覇したことにより、今年はディフェンディングチャンピオンとして迎えるからだ。
好例の大会前のチャンピオンズディナーは前年の優勝者がメニューを作るだけに、松山選手は今から刺身を前菜にし寿司はメインにしようかなど悩んでいると伝えられている。しかし、それよりもこれまでマスターズを連覇した選手はジャック・ニクラウスとタイガーウッズの2人だけしかおらず、その2人とも世紀のゴルファーだけに、松山選手が連覇を果たしたら、それだけに歴史的な名選手になること間違いない。
何度もあるチャンスではないだけに、チャンピオンズディナーは誰かに任せて、コースの情報をできるだけ収集して吟味し、覇者となるための戦略を整えて欲しいと思う。なぜなら、マスターズは大会後のオフシーズンに必ずコース改造が行われるからである。

そうした注目の今年のマスターズだが、さらにこの大会を楽しもうと思ったら昨年ちくま新書から刊行された『マスターズ』を読むに限る。著者は私、本條強だから、この本を褒めるのは自画自賛、手前味噌というわけだが、それでも敢えてマスターズ前に読むことをお奨めしたい。
その理由をひと言で言えば、この本を読めばマスターズに詳しくなれ、あなたなりに優勝できる選手が想像できるからである。つまり、どんな選手がマスターズ王者にふさわしいかがわかるからだ。
マスターズはただ強いだけでは勝てない。技術力があれば勝てるというものでもない。コース攻略に優れているものが勝てるかと言えばそうでもない。では、強靱な精神力を持つ者が勝てるかといえば、それはその通りだが、それだけでもない。
プレーにおけるすべてが卓越したうえで、さらに大切なのは、このコースと大会を造り上げたボビー・ジョーンズの精神を理解してプレーすること、さらにオーガスタに宿るゴルフの神様や女神に好かれることが、勝利への扉を開く鍵なるということである。神と言うと、ちょっと心霊的なことに思えるかも知れないが、マスターズの歴史を紐解けばそのことが十分に理解できるわけで、それをこの本が教えてくれる。
では、なぜボビー・ジョーンズの精神を理解することが勝利の鍵となるのかを少し書いてみたい。それはジョーンズが設計したオーガスタナショナルというゴルフコースを理解することでもある。

周知のようにジョーンズは1930年に、その頃のメジャー4大会をすべて制し、グランドスラムを達成する。天才的なジョーンズのゴルフ力を持ってすれば容易なことのようにも思えるが、実際はウォルター・ヘーゲンなど百戦錬磨のプロたちと毎試合、鎬を削っての必死の優勝ばかりであった。
「奇跡的な幸運が私を勝たせてくれた。二度とできることではない」
疲労困憊のジョーンズはこれ以上の栄冠はないと潔く引退を決意。友人たちと楽しいゴルフを行うことにしたのである。それもいつかは自由にエンジョイできる憩いのゴルフ場を所有するという夢を描いたのである。
そんなある日、「ゴルフ場にしてくれと言っているようだ」という土地が見つかる。オーガスタにある果樹園だった。ジョーンズはアリスター・マッケンジー博士の助力を得て、理想郷を造り上げる。オーガスタナショナルGCである。
仲間と楽しくプレーすることが目的だから、難解なゴルフ場を造るつもりはなかった。「ラフでボールがなくなったり、バンカーで悩むゴルファーを見るのは辛い」とラフは一切なし、バンカーも極力少ないものとなった。アベレージゴルファーの飛距離なら広くて平らなフェアウェイが落下エリアとなり、グリーンの前にきちんと刻めば池やクリークに捕まることなく、グリーンが大きいだけにパーオンは楽だった。ワンパットで入ればパー、外れてもボギーとなるのがオーガスタGCなのである。
とはいえ、ジョーンズは世界一のゴルファーである。ゴルフ仲間には世界屈指のプロやアマチュアもいる。彼らに楽しんでもらうには彼らのレベルにあった難しさが必要と、彼らの飛距離のエリアは狭く傾斜がきつい。しかもそんなライからピンを狙うのは生やさしくはないし、グリーンは高速で起伏がある。つまり、名うての選手にはバーディチャンスもあるが、ボギーやダボにもなるゴルフ場となった。
マスターズはまさにこうした世界屈指の選手たちが集結するわけで、リワード(報酬)とリスクをもたらすスリリングな試合となった。
「特に後半のバックナインは、攻め続けてそれが成功すれば30台も出る。しかし、僅かのミスでも傷口は一気に広がり40代半ばの大叩きもある。最終日は大逆転劇が見られるコースとなった」

できあがったコースを自らプレーしてそう実感したジョーンズ。この『マスターズ』の本ではその理由の詳細が克明に書かれている。本書には彼自らが解説する各ホールの攻略法も巻末付録となって書かれているので、マスターズ本番前に読んでおくと一層、大会が楽しめるだろう。
さてそうしたスリリングなコースだからこそ、敢えてジョーンズは言う。
「オーガスタナショナルは巧妙な罠がたくさん仕掛けられている。一見やさしく感じるだけに攻めたくなるコースだが、無闇に攻めるととんでもない痛手を負う。本当のチャンスが来るまで我慢する。欲を抑えて我慢できるかが大切なのだ」
そしてその我慢は、ジョーンズが見いだした勝利への鍵となる「オールドマンパー」の実践に尽きる。
「ゴルフは長丁場だ。じっくりゆっくりパーお爺さんとプレーする。しっかりとパーを重ねていくことこそ、勝利を導くことになるのだ」
ジョーンズは14歳で全米オープンに初挑戦してベスト8に入り、天才少年の名を欲しいままにするが、メジャータイトルを獲得するまでに7年の歳月を要した。「あいつは上手いが勝てない」と皮肉られた実りなき7年だったが、そのときに「オールドマンパー」に出会ったのだ。
それは単にパーを重ねることではない。ジョーンズの時代でさえ、バーディをものにできなければ勝てなかった。「オールドマンパー」の真意をジョーンズは次のように言う。
「相手にするのはあくまで自分であり、コースである」
まさにジョーンズが創出したオーガスタナショナルGCは、その「オールドマンパー」の精神が重要なのである。
どんなに強く上手なプレーヤーでも、このことを忘れてはマスターズのタイトルは手に入らない。首位に立ったとしても、追いかける選手を気にしたら一気に転落する。それはこれまでのマスターズの歴史が物語っている。昨年の松山英樹でさえ、そうしたことから再三のピンチを招いた。しかし、最後は自分のゴルフに徹して逃げ切った。「オールドマンパー」を踏まえながら、チャンスが来たらバーディを奪う戦法が、勝利という栄光をたぐり寄せたのだ。

オーガスタナショナルGCは世界一美しいと言われるゴルフコース。果樹園だっただけに様々な花が咲きコースを彩る。絨毯のような美しい緑の芝に、アゼリアと呼ばれるツツジが満開となり、白やピンクのハナミズキが名画のような趣を漂わせる。静な池の水には選手や花が映り、純白のバンカーでは選手の顔が砂の光に反射して輝きを増す。
ゴルファーならば、一生に一度はこんな天国のようなゴルフコースでプレーしたいと思うだろう。マスターズに集まる世界の盟主たちは子供の頃からこの美しい舞台でプレーすることを夢見て精進を重ねてきたのだ。
しかし、美しいバラにはトゲがある。いかにその美しさに幻惑されず、トゲにさされないようにするか。それには美しい勝利の女神に愛される必要があるのだ。
「オーガスタナショナルは私がゴルフの深淵さを学ばせてもらったセントアンドリュースがモチーフとなっている。あのゴルフ発祥の地はゴルフの神様が宿っている。それを模範としたオーガスタナショナルにもゴルフの神様が棲んでいる。それも女神と一緒に」
ジョーンズがそう言うように、マスターズではゴルフの神様が選手たちを見守り、正直に謙虚に悠然とプレーする選手を応援する。ジョーンズ自身は誰も見ていなくても、アドレスしてボールが動けば罰打を申告した。それを褒められたとき「あなたは泥棒をしなかったからといって褒めますか?」と答えた。彼にとっては罰打申請など当然なことであり、正直であることが神様に好かれることを知っていた。マスターズにおいてもそうした思考と精神が神様に好かれることになる。
池に入って当然のボールが池の手前で止まる。ミスショットなのに風が吹いてグリーンをとらえる。絶対に入らないパットがカップに沈む。そうした幸運とともに、その逆の不運もたくさんあるのがマスターズだ。
ジョーンズは語っている。
「私がグランドスラムを制したとき、池に入ったボールが水切りショットになってグリーンをとらえた。ミスショットがギャラリーに当たってフェアウェイに戻ってきた。相手のパットのラインに自分のボールがカップ前に止まった(その頃はグリーンのボールもピックアップできなかった)。そんな信じられない奇跡的な幸運があって、偉業を達成できた。私が創始したマスターズも同様である。ゴルフの試合は神様に好かれて幸運がもたらされなければ優勝はできない」
試合前夜に『キリストの生涯』を読んで寝床についたジョーンズ。信仰心の厚い人だったが、それは勝負の試練の真っ只中にいたからこそだったろう。オーガスタには神が宿るということも、これまでのマスターズの歴史を紐解けば嫌になるほどわかることである。
自分の実力だけで優勝できたプロは皆無と言っていい。昨年の松山も同様だった。林に入ったショットがもしもグリーンを狙えなかったら、グリーンオーバーしたショットがもしもアゼリアの園に飛び込んでいたら、などなど、数えあげたら切りがないほどだ。謙虚にプレーしたからこそ勝利の女神に好かれたと言っていい。
本書『マスターズ』は1934年に行われた第1大会からドラマティックな大会はすべて詳しく記述してある。どんなスーパープレーがあったか、どんな神がかったことが起きたかなど、奇跡と思われるシーンはもれなく書かれている。
ぜひとも読んでいただき、感動のシーンを蘇らせてもらいたいと思う。そして、そうしたドラマが生まれた背景を知れば、今年のマスターズがさらに楽しめることは間違いない。筆者が自信を持って保証するものである。

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)