2022.7.27

[Part. 12]

心に残るゴルフの一冊 第12回


幕末の動乱期に坂本龍馬と近藤勇がゴルフ対決していた?!

『ゴルフ夜明け前』 桂三枝著 産経出版(1987年4月)

今回紹介する本は、上方落語の重鎮である六代・桂文枝師匠がまだ桂三枝と名乗っていた1987年に刊行したものであり、この作品『ゴルフ夜明け前』は彼の代表作となる創作落語である。つまり、己の創作した作品で古典に挑戦した意欲溢れる作品なのである。
本で読んでも面白いが、本人の語る落語で聴くのはもっと面白い。この演目は文枝自身何度もやっていて、その都度、枕も違えば、物語の中身も少しずつ変わっていくので、いろいろ聴いてみるのが楽しい。
発売されているCDでは文枝(三枝)本人の語りで聴くことができる。文枝の軽妙な語り口、滑稽な仕草が笑いを誘う。いや、大笑い、爆笑となるのだ。何度観て聴いても楽しく笑い転げてしまう。
しかし、このコラムを愛好する諸氏には、まずは『ゴルフ夜明け前』を本で、文字で読んでみて欲しい。さすがに三枝の原作だけあって、落語を聴いているようにすらすらとリズムよく読める。自分なりに主人公や脇役のキャラクターをイメージして、尚かつゴルフコースやスイングなどまで想像できれば、まるで映像を見ているような気分になれ、かなり面白くなるだろう。

坂本龍馬と西郷隆盛の酒宴で物語が始まる

では、この『ゴルフ夜明け前』がどんな物語かを紹介しよう。それは日本が明治となる1年前の1967年、慶應3年のある出来事である。つまり、日本の志士たちが、やれ勤王だ、やれ佐幕だと大騒ぎしていたときのことだ。
最初の話の舞台は長崎、円山町にある「花月」という料亭である。ここで幕府が大政奉還することで平和解決を望んでいた坂本龍馬と、龍馬によって薩長同盟を結んだ西郷隆盛が酒を酌み交わしているシーンで始まる。
新しもの好きの龍馬は自分が率いる海援隊で英語教師をしていた英国人からゴルフクラブをもらい、英国でゴルフなるものが流行っていることを知るのである。
龍馬は西郷に説明する。
「エゲレスでは、緑に囲まれた広々としたコースで、朝から老いも若きも貴族も平民も一緒になって楽しくゴルフに打ち興じるそうでございます」
ゴルフコースという遊び場で、ゴルフクラブを振ってボールを打ち、グリーンなるところに立っている旗を目がけ、旗の立つ穴にボールを入れればOKというゲーム。そんな遊びに人々が分け隔てなく興じている。「そうした世の中っていいなあ」と龍馬は西郷に語るわけだ。動乱の世の日本も早く治まって、ゴルフのできる世の中になったらいいなというわけである。
龍馬は西郷に言っている。
「(ゴルフは)平和の象徴と言うことが言えますなあ」
そのために龍馬は京都の山にゴルフコースを造らせ、新撰組の近藤勇とプレーしようと画策する。狙いはもちろん、新撰組を抱き込んで、争いのない平和な新しい国家に仕向けようというわけだ。
西郷は龍馬の命を狙っている新撰組とゴルフをするなどと心配するが、そんなことは意に介さない龍馬は近藤勇と仲の良い土佐藩士、後藤象二郎に密会の場所を知らせるように命じる。そこで物語の舞台は長崎から京都に移るというわけだ。

坂本龍馬・中岡慎太郎組対近藤勇・沖田総司組のマッチプレー

龍馬と中岡慎太郎は知恩院で近藤勇と沖田総司と落ち合い、それぞれ馬を駆ってゴルフコースに向かう。近藤と沖田にゴルフの基本を教え、2サムでのマッチプレーを申し込むのだ。
「刀ではなくクラブで勝負しよう」
勝負事は何事も引き下がれない近藤は勝負を受ける。しかも初心者にハンデを与えようという龍馬の申し出を断り、マッチプレーが始まる。打順も後塵は拝せないとする近藤の意見で新撰組からになる。
オナーは沖田に決定。クラブの振り方を中岡から教えてもらうと、何とナイスショットでワンオン。大喜びの沖田。早くもゴルフの虜となる。次は近藤勇。「止まっているボールなど簡単に打てる」と思いきや、何事も力一杯で行う近藤は力み返ってOB、空振り、チョロと甚だ無残なプレーとなってしまうが、一切の言い訳無用の男らしいゴルフを展開するのだ。
4人のキャラクターを三枝は上手に描くが、自らが語る落語はさすがの真骨頂ぶりで、面白おかしく聴かせ演じていく。随所に大笑いのネタを仕込んでいるため、聴くものを飽きさせない。近藤のプレーぶりなどは無残だが、その無残ぶりが面白く、ゴルフを知る者にとっては「わかる、わかるよなあ」といたく同感してしまうのである。
このコラムの読者の皆さんの中には桂文枝の落語を聴いたことがないという人も多いかも知れない。テレビ番組「新婚さんいらっしゃい!」の司会くらいにしか記憶がない方もいるだろう。しかし、文枝の落語力はそれはそれは大したものである。私も生で聴いたことがあるが、滑舌良く、リズム良く、声も大きく、笑わせどころをしっかり押さえた語り口はまさに名人芸。もう少し長生きすれば人間国宝になるやもしれぬ。と、まさにこの『夜明け前』も絶妙である。

坂本龍馬、近江屋で暗殺され、ゴルフ解決が果たされない

さて、物語は大笑いのペアによるマッチプレーの後、近藤も沖田もゴルフにぞっこん惚れ込んでしまい、「またプレーしたいな」という思いが募って、龍馬の誘いを今か今かと待つばかり。
沖田は呟くように言う。
「(新撰組の旗)、あれを見るとつい、旗に向かって、ゴルフの素振りをしてしまうんですよ。坂本さんって、いい人でしたねえ。空よりも大きな心を持った人だった」
これは坂本が勝負にこだわらず、一緒にプレーすればそれだけで楽しくなり、誰もが仲良くなれると、ゴルフというものを信じていたからに他ならない。
人を斬ることを善しとしていた近藤勇もゴルフをしたことで、そのことに気がついていた。近藤は刀をクラブに置き換え、素振りを繰り返した。刀をゴルフグリップで持つようになってしまうという有様だった。
その近藤が言った。
「主義や行く道の違う者同士が、(ゴルフを通じて)互いに刺激しあい、また、仲良く話し合うことはいいことだな。あの坂本という男は、なかなかの人物だ。あの男がいる限り、日本は大丈夫だ」
ということで、もはや新撰組との平和的解決は時間の問題というまさにそのとき、龍馬が近江屋で暗殺されたという一報が近藤の元へ届くのだ。
龍馬という貴重な仲裁役を失った勤王と佐幕は、鳥羽伏見の戦いで真っ向の戦争となり、官軍が勝利し、新撰組は敗走、散り散りとなる。話のオチは「へえーっ」というものなので、ここでは書かないが、大笑いの幕切れのあと、静かな余韻に包まれる。それは戦争とゴルフという相反するものを思うからだろうか。
もしも龍馬が生きていて、志士たちとゴルフができていれば日本の内戦はなかっただろうにと悔やまれるし、明治になっても派閥争いなどなかっただろうと、この創作落語から想像してしまうのである。
この物語を作った桂三枝は龍馬に言わせている。
「このゴルフというのは、摩訶不思議な魅力を持っているものでしてね。怒りや苦しみ、哀しみ、そういうものを忘れさせてくれます」
確かにその通りだと思う。ロシアのウクライナへの侵攻をまざまざと見せつけられる今日この頃、ゴルフで解決できれば最高だろうと思ってしまう。さらには一刻も早く終結して、ウクライナの人々がゴルフを楽しめたらと願うばかりである。

『ゴルフ夜明け前』はコメディ映画にもなった

この『ゴルフ夜明け前』は本が出版された1987年の暮れに映画にもなった。坂本龍馬を演じるのは今は亡き渡瀬恒彦。近藤勇は桂三枝自身が演じた。渡瀬の飄々とした演技は実に龍馬的であり、近藤の芝居がかった力みぶりは三枝の天才的なコメディアンとしてのセンスで大いに笑わせてくれる。
この映画はDVDにはなっておらず、中古のVHSを購入するしかないが、WEB上であらすじ等が紹介されている。とても面白いので全編が見たくなる。
このコラムの読者諸氏には、まずは本で読んでもらい、次に文枝(三枝)本人の落語を聴いてもらいたい。筋を覚えているから、物語が頭の中に蘇り、笑いどころで大いに笑えると思う。物語を知っているから笑えないということがまったくなく、「なるほど、そう聴かせるか、演じるか」と新鮮な気持ちで観て聴くことができるだろう。
さらに映画のダイジェストもぜひ観て欲しい。文枝の演技に笑い転げてもらいたい。
最後に、この『ゴルフ夜明け前』は1983年に文化庁芸術祭大賞を受賞している。非常に評価の高い作品であることは、まずはゴルフを知らない人でもよくわかる作品となっていること、さらに単なる笑い話ではなく、日本の平和をも考えさせてくれるものとなっているからだろう。
しかも、桂文枝の芸能生活50周年に当たる2017年には、『ゴルフ夜明け前』をリニューアルして披露すると明言している。故に、今もこの演目がかかったら、聞き逃さないようにしたいところである。
皆さんのお友達でゴルフを知らない人がいたら、まずはWEB上のダイジェストで構わないから、この落語を紹介してみるのがゴルフを始めさせる一番の手かも知れない。そんな創作落語である。

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)

※「ゴルフ夜明け前」は落語となったあと、さらに物語を拡大して小説となった。その作品は1987年にサンケイ出版から『ゴルフ夜明け前』のタイトルで刊行された。292ページもある読み応えたっぷりの長編である。約40分の落語ヴァージョンは1989年に刊行した文庫本『桂三枝の傑作落語大全集〈2〉』の中に収められている。どちらも古本で購入できる。