2022.12.21

[vol. 17]

心に残るゴルフの一冊 第17回


『フォアー! 世界ゴルフ狂時代』
川上健一著 集英社刊

「ゴルファーに国境なし」を地でいく
痛快ゴルフエッセイ!

川上健一さんは青春小説とスポーツ小説の作家である。爽快で痛快な作風が持ち味なので、とても好感が持てる作品ばかりなのだ。川上さんは1949年生まれだからもう73歳になるが、近著からしても未だに青春真っ盛りの好人物なのだと思う。
それは何よりも川上さんが生粋のスポーツマンだからである。青森県に生まれ、高校時代は野球選手だった。県立十和田工業高校野球部に在籍、1967年の青森県春季大会1回戦で三沢高校と対戦したのだ。三沢高校の投手は甲子園で伝説となりプロでも活躍した太田幸司さん。
十和田工高の投手だった川上さんは太田さんと投げ合い、1m86cmの長身から繰り出す剛速球で見事、5対2三沢高校を破ったのである。プロ野球選手を目指した川上さんだったが、肩を壊して断念したのだった。
28歳になった1977年に、スポーツに情熱を注ぐ青年たちを描いた小説、『跳べ、ジョー! B・Bの魂が見てるぞ』で小説現代新人賞を受賞。確か選考委員の五木寛之氏が絶賛したのではなかったか。こうして小説家としての鮮烈なデビューを遂げるや、その後も野球やテニス、ラグビー、ゴルフなどのスポーツ小説の長篇や短篇集を刊行、新聞や雑誌にも書きまくった。
そんな1989年にゴルフを題材としたエッセイ『フォアー!ゴルフに国境はない』がミリオン書房から出たわけである。今回紹介する『フォアー!世界ゴルフ狂時代』は、この本が集成社文庫から1992年に再版されたものである。
峰岸達氏が描く表紙の男の顔がいい。ドライバーショットを大きく曲げ、隣のホールのゴルファーに向かって「フォアー!(危ない!)」と叫んでいるものだが、ミスショットを打ったという情けなさや後悔が顔にまったく表れていない。川上さんの闘争心が乗り移ったような男の絶叫の絵なのである。

野球青年が飛ばしの醍醐味を知り、ゴルフにはまった

川上さんがゴルフにのめり込んだ1980年代はバブル景気で世の中が狂喜乱舞、金持ちのレジャーだったゴルフが空前の大ブームとなった時代である。純粋なスポーツ青年の川上さんにとってゴルフは悪の権化であり、嫌で仕方がなかった。
しかし、無理矢理誘われてやるうちに広大なる遊びと飛ばしの誘惑に勝てず、はまってしまうのである。技術は乏しく下手の横好きであっても、野球で鍛えた肉体は大きな飛距離をもたらす。おそらく文壇界最高の飛ばし屋であったろう。
飛ばしはゴルフ最高の醍醐味である。しかも下手はハプニングの連続、ゴルフをある意味大変に面白くさせるのだ。痛快&豪快の川上ゴルフは喜怒哀楽をもたらす格好の小説の題材であり、エッセイのネタになったというわけである。
『フォアー!ゴルフに国境はない』の版元による内容説明は「こんなゴルフ見たことない。チョロも池ポチャも何のその、ハチャメチャなプレーが続出!?懲りないゴルファーたちが引き起こす爆笑エンターテイメント。ゴルフ・ミスショット・エッセイ」なっている。さらに『フォアー!世界ゴルフ狂時代』では「外国や国内での様々なゴルフ体験から、独特のゴルフ観を語るユーモラスなエッセイ集」となっている。
まさにその通りで、この文庫本には、1つのエッセイが約3000字という短いコラム仕立てになっていて、39本収められている。思わず大笑いしてしまう爆笑エッセイ集なのである。

ニューヨークで起こった飛ばしっこ選手権

この39本のエッセイコラムからいくつか選りすぐりを紹介していこう。
まず最初が「飛ばしたって偉くない」である。このエッセイは小説家となった川上さんが仕事場にしていたニューヨークでの出来事が書かれている。ゴルフにはまっていた川上さんはマンハッタンから地下鉄に乗って公園の中にあるパブリックコースでよくプレーしていた。
誰でもやり始めの頃は、ゴルフが頭から離れない。特にやり始めるまで「ゴルフは嫌味で年寄りのゲームだ」などと思っている人ほど深くはまってしまう。川上さんも同様で、外国だろうが、一人でもプレーに出かけていた。
一人でコースに行けば誰かと組まされる。外国であれば当然そこの国の人と組まされる。川上さんの豪快な性格はすぐに友達を作る。
「ゴルフに国境はない。ゴルフは言葉など通じなくても友達になれる」
川上さんのゴルフ信条である。仲良く握手してプレー開始、互いの下手ぶりを大笑いしながら、最後はまた握手して別れる。 そうしたある日、川上さんは例によって一人でパブリックに行った。そこで飛ばし屋のニューヨーカーとプレーしたのである。身長2mはあろうかというTシャツ金髪の大男が「一緒に回らないか」と声をかけてきたのだ。筋骨隆々、「お前はプロレスラーかヘラクレスか」という逞しい大男である。
この大男がガツンとティショットをぶちかます。ボールは悲鳴を上げ、瞬く間に針の穴の如く小さくなって消える。「どうだ」とばかりに川上さんを見る。ニヤリと笑い、「逆立ちしてもあそこまでは飛ばせないだろう」という顔つきなのである。
当然、飛ばしに自信のある川上さんは「ムカッ」と来る。なめられてたまるかと負けじ魂がムクムクと頭をもたげて、大和魂に火がつく。川上さんもドライバーを一閃、力みに力んで思い切り振ったら、これが大当たり。若者に目をやるとニヤリと笑い返してくる。
さてさて、二人並んでボールの落下地点に行くと、ボールが2個並んでいるが、その1つが10cm、僅かに前に出ている・・・。さあて、どっちのボールか、と思いきや、何と川上さんのボールだったのだ。
「おお、俺のほうが飛んでいる」
これを知った若者は顔を真っ赤にして赤鬼に豹変。それ以降のホール、すべて飛ばしっこ合戦になったのである。ドライバーだけでなくフェアウェイウッドでもアイアンでも飛ばしっことなる。勝負はほぼ互角だった。
こうして最後のホールとなる。川上さんが提案したのが「自分がパターで、君はピッチングウェッジを使い、どちらが飛ぶか」というもの。若者はせせら笑うが、川上さんは低くても転がるから勝てると思っていたことだろう。
ところがである。事態は予想だにしない、とんでもないハプニングが起こったったのである。結果は・・・、読んでみてください。

なぜゴルフに迷惑な教え魔がいるのだろう

次に大笑いしたのが、「教え魔に、ご用心」のエッセイである。川上さんは高校球児だったからしてスポーツには自信がある。ドライバーショットは曲がっても飛距離は凄い。やっているうちに真っ直ぐ飛ぶようになると信じている。よって教え魔が苦手である。
そんな川上さんがゴルフレンジで練習して、ナイスショットが出始めていたときである。「脇が甘い!」と背中の方から怒鳴り声が聞こえたのだ。
自分の隣打席で学生風の若者が四苦八苦していた。そこで「教え魔の餌食になっているな、可哀想に」と思う。「でもまあ、自分に言っているわけでないから良しとするか」とボールを打つと、またもや「脇が甘い」という怒鳴り声。「うるさいよな、まったく。好きにやらせてあげろよ」と思う。「まったく困ったもんだ」と。
ところが今度は川上さんがアドレスに入ったときに「脇を締めて、脇をっ」の怒鳴り声。「うるさいなあ」と思いながらボールを打つと、またもや「脇が甘いんだってば!」の怒鳴り声。「なんか変だ」と思って隣の若者を見るとボールを打ち終わっても怒鳴り声がしない。
「まさか、自分に向かって怒鳴っているのではあるまい」と思い、振り返って見ると…、何と初老の男が川上さんを睨んでいたのである。
教えを請うてもいない見ず知らずの赤の他人が自分に怒鳴っているのだ。誰にも迷惑をかけていない川上さんに、この初老の男は「脇が甘い」と再三再四、怒鳴っているわけである。唖然とするやらあきれるやら。しかし、怒鳴られる筋合いはまったくない。怒りが沸々とわき上がる。
ゴルフが少し上手いだけで偉いと思っている。優しさ皆無の高慢さ。川上さんはこういう輩が大嫌いである。もちろん、ゴルファーなら誰でもそうであるだろうが、教え魔という輩は一向に減らない。
川上さんは声を大にして叫ぶのだ。
「余計なおせっかいはやめてくれ」と、心の中で。

掛け声を放って打てば飛ぶことは飛ぶけれど

3番目は「奇妙奇天烈・・・発声タイミング打法」のエッセイである。これはティショット時の掛け声のことを書いたもので、川上さんはとんでもない掛け声を放つ御仁としばしば出くわしたようだ。つまり「ヨシッ!」とか「行けーっ!」とか「飛べーっ」とかではない、奇妙な掛け声である。
川上さんがまず例に出したのが「チャー、シュー、メン」である。「チャー」でバックスイング、「シュー」でトップ、「メン!」で打つのである。これはちばてつや氏の漫画『あした天気になあれ』の主人公、向太陽が会得したもので、ショットのタイミングを上手くとる掛け声である。バックスイングがゆっくりになり、トップでの切り返しも間ができてスイングリズムが良くなるというものだ。
どはいえ、実際にこの言葉を声に出しているゴルファーを筆者は見たことがない。となれば、声を出していたのは川上さん自身ではなかったか。漫画を読んで知り、きっとやっていたに違いない。
それはともかく、川上さんが実際に聞いた奇妙な掛け声は、バックスイングしながら振り向き、トップで飛球線後方にいる人間と目を合わせて「オイ!」と呼びかけるものである。 川上さんは親切にもその人の打球を見失わないようにとそこにいて呼ばれれたのだ。「オイ!」と呼ばれたら、思わず「はい」と返事をしてしまう。最初の頃は何でスイングの度に呼びかけるのかと思ったそうだが、「オイ!」と言っておきながらその後の話がない。変だと思っていたら「返事をするな!」と言って怒られたそうだ。その人にとってタイミングを計る掛け声だったのである。
川上さんは「セーノ、ヨイショ!」とか「イチ、ニイー、サン!」という掛け声をよく聞くという。この掛け声も筆者は滅多に出くわさないが、大声で言う人がいたら「チャー、シュー、メン」同様に面白いと思う。
そして、川上さんが聞いたメチャクチャ面白かった掛け声が次である。
「オトちゃんのためなら、エーンヤ、コーラ!」
こんなのは見たことも聞いたこともない。川上さんが遭遇したこの掛け声は、「オトちゃんのためなら」でアドレスに入り、ボールに集中して「エーンヤ」でバックスイング、「コーラ!」で打つというものである。かの有名な美輪明宏の「ヨイトマケの唄」をスイングに採り入れているのだ。これが凄くなくて何だというのか!
川上さんが最初に耳にしたときは、ただぶつぶつ言うだけではっきりとは聞こえなかったそうだ。しかし、そのうち大声ではっきり言ったという。
「オトちゃんのためなら、エーンヤ、コーラ!」
辞書で調べてみると、「ヨイトマケ」の意味は、土木作業やそれに従事する人であり、「良いと巻け」を意味するという。さらに、建築現場で地固めするとき、大勢で重い土を滑車で上げ下ろしすること、またはその作業を行う人、作業をするときの掛け声だという。となれば、掛け声としてはまっとうである。
川上さんが遭遇した「ヨイトマケ」の御仁は歌いながらショットをし、どんどん好調になったという。一方で、「ヨイトマケ」の掛け声が頭から離れなくなった川上さんはミスが重なり、絶不調になった。できれば他人に迷惑をかけない掛け声にして欲しいと願う川上さんだが、さらにはもっと凄い掛け声にも出くわしている。それは歌を口ずさむというもの。それもこんな歌なのである。
「イタコォノイータロォオオ」
「ベーサメー、ベサメムーチョオ」
「モウスグハァールデスネエー」
「ペッパーァケイブゥ、ワタシタチコレカラ、イイトコロォ」
 ほんまかいなと思ってしまうが、すべてアドレスするときに歌ってから入るという。であれば、あり得るかも知れないと思うが、それにしても川上さんの知り合いは恐るべき変人たちである。
とはいえ、そんな人と一緒にプレーしたら笑いが止まらないだろう。愉快なゴルフになること間違いなしだ。

川上さんのエッセイは、他にニューヨークのパブリックコースで機関銃を持った警察官たちに出くわしたとか、ニューヨークの早朝ゴルフで怖い人に出会ったとか、極寒のゴルフで打つ度に頭の中でシャリンと脳みそが氷る霜柱の音がしたとか、マスターズ取材後のオーガスタのプレーが悲惨だったとか、抱腹絶倒の話がてんこ盛りである。
これらエッセイの内容は明日のゴルフに役立つことはほとんどないのだが、ゴルフ好きには誠に楽しい読書の時間となるし、ひょっとしたら緊張するコンペなどでこれらの話を思い出せば思わず笑みがこぼれてリラックスできるかも知れない。とにかく、一読してみてください。
次は川上さんの真骨頂であるスポーツ小説、それも人気の高いゴルフものの小説を読んでみたいと思う。それもまた読者の皆さんにそのうちご紹介しましょう。

文●本條強(武蔵丘短期大学客員教授)

※本書は1992年に刊行されました。新刊はないため、amazonなどで中古本が購入できます。